その男は倦んでいた。

この新しき醜悪な世も、金の限りに十の年月を重ねれば、もはや退屈の極み。

久方ぶりの心沸き立つ戦もまた遅々として進まず。

なお退屈は彼を苛んでいる。


その男はただ立っていた。

失われた理性と狂おしい衝動の狭間で幼き主をただ守る。

本来ならば血湧き肉躍る様な闘争にも何の感慨も湧きはしない。

なお狂気は彼を蝕んでいる。


その男は不満はありながらも満足していた。

始めこそ不愉快極まりない戦ではあった。

だが、騎士が居た。侍が居た。狂戦士が居た。

そして、あの赤い剣士が居た。

あれ程に、ただただ闘争の快楽に溺れたのは実に久方ぶりだった。

そんな昂ぶりを抱えたまま、戦士は次の相手に焦がれる。

なお闘志は彼を突き動かしている。



幕間「最狂と最強と最速と」



最強。

多くの英雄達の枕詞として使われる、一つの称号。

国が、時代が、武器が、舞台が異なるが故に量産される、本来ならば唯一無二であるはずの称号。

そのどれが真に、究極の一であるか比べる事など出来ない。

だが、今此処に展開される戦争は、「最強」の歴史のその一つの縮図でもある。

さて、此度の闘争の舞台において、「最強」と称されるべきは果たして何者か。

神の視点から語らぬのであれば、盤上の役者達から見るならば、堅牢堅固な守りと瀑布が如き無双の膂力を併せ持つ狂戦士だろう。

イレギュラーを相手にしない限り負ける要素など本来なら有り得ない程に、狂戦士は強すぎる。

それに加え、再生能力を持つのだから手がつけられない。

そして、知る者に言わせれば、無限の手数と世界を断ち切る切り札を誇る、世界の全てを担う黄金の王がそれに該当するだろう。

ただ一つの欠点さえ除けば、その反則的なまでの物量と圧倒的な一撃の重さを併せ持つ、攻撃こそ最大の防御を体現する存在は間違いなく最強と呼ぶに相応しい。

懈怠の余り自ら動き出した黄金の王の最初の標的は、聖杯そのもの。

つまり、イリヤスフィールを狙う英雄王と狂戦士が此処に対峙した。

そう、最強と最強のぶつかり合いが開幕する。


突然の闖入者。

イレギュラーである八体目のサーヴァントを前にしても、イリヤスフィールの自信は揺らぎはしなかった。

自身のサーヴァントであるバーサーカーは最強だと確信している。

一対一なら負ける要素など有り得ない。

通常の攻撃ではバーサーカーの命までは届きはしない。

例え宝具を使用されても、それで殺しきられなければ次には通用しなくなる。

そうなれば手詰まり。

後はバーサーカーの一撃を前に粉砕されるのみ。

黄金の鎧を纏った八体目のサーヴァントが、その背後に無数の宝具を展開したその時でさえもその確信は揺らがなかった。

確かに、その全てが宝具であると言う事実は驚異ではある。

どれだけの弾数を誇るか皆目検討もつかない。

だが、例えそれがどれ程の威力を誇ろうと、神秘を秘めていようと、何も問題はない。

散弾銃では大型の獣を止める事が出来ぬ様に、どれ程の攻撃を撃ち込まれようとバーサーカーは止まらない。

ただひたすら狂うがままに愚直に突き進み、命が尽きる前にその脳天から一撃を叩き込めばそれで全てが終わる。

本来ならばそうなるはずだったのだ。

事実その闘いはイリヤスフィールの思うとおりに進んでいった。

果てなく繰り出される宝具の嵐。

その全てが高い神秘を秘めているとは言え、一撃でバーサーカーの命まで届く物などそうそうあるはずもない。

事実、単なる人間であるところの衛宮士郎が反応、射出し相殺出来る程度の速度の攻撃でしかないのだ。

バーサーカーがそれに無抵抗に貫かれ続ける事など有り得るはずもない。

コレが本来の「弓兵」である「アーチャー」であったのなら、頭部と心臓を潰す精密射撃で着実に命を削り取っていく事も可能であっただろう。

例えば、十二分に魔力を載せた宝具による、音速を優に越える射撃であるならば十二の試練ごとその肉体を打ち貫くことも有り得る。

だが、英雄王にそれだけのスキルは無い。

先のショットガンの例えの様に、言ってしまえば、「数撃ちゃ当たる」が英雄王の戦闘スタイル。

ただ、その「数」と「質」が尋常でない事がそのスタイルの強みなのだ。

並のサーヴァントならばその宝具の嵐の前に屈する事になるのだが、バーサーカーの防御能力を前に宝具の格のみで対抗しうる事など夢のまた夢。

ましてや、狂化の上に、令呪でのブースト済み。

負ける要素など何一つ無い。

ハズだった。

「ふむ。雑種とは言え、神の血を引くだけある。我に此処まで迫るとは、狂っただけの木偶も存外に侮れぬ物よな」

宝具の嵐をただ真っ直ぐに突き進み、その体に無数の武具を突き立てたまま、狂戦士は黄金の王の目前まで迫っていた。

あとはその振り上げた石剣を振り下ろせば終わる。

だが、そこまでだった。

英雄王にとって、ある意味で天地開闢の剣以上に切り札であるその宝具は、神格を持つ者にとって圧倒的なアドバンテージを誇る、言うなれば対神宝具。

それさえなければ、勝敗は分からなかったかも知れない。

「■■■■■■■――――――」

鎖で雁字搦めにされ、丸で身動きの取れぬまま、狂戦士は咆吼する。

どれ程力を込めようとも、ただただ鎖のこすれる音がするのみで、鋼の軋みが響く事はない。

「バーサーカーっ!」

その悲痛な叫びに愉悦の笑みで応え、王は酷薄に告げる。

「誰の許しを得て囀るか、器でしかない木偶が」

放たれる無情なる一閃。

「っ!?」

「―――■■■■!」

白銀の少女へと迫る刃は宝具。

キャスターの魔術防壁すら容易く砕く英雄王の財宝を前に少女の魔術防壁なぞ紙に等しい。

そしてバーサーカーは縛されたまま動けず、件の宝具は既にその横を過ぎ去った。

もはや打つ手など無い、その絶体絶命の状況で、

「おおっとぉ!」

「え……?」

その男はいとも容易くその一撃を弾き、戦場に躍り出た。

「危なかったな、銀色のお嬢ちゃん」

青のボディーアーマーに真紅の槍を携えた男がニッと清々しい笑みを少女に向けていた。

その雄々しき立ち姿は見紛うはずも無い。

以前、真っ向からバーサーカーと戦った上に、見事逃げおおせてみせた食えないサーヴァント。

「ランサー……?なんで?」

クー=フーリンその人に他ならない。

「あっちのオッサンとやりたくて来たんだがな。無粋極まりねぇ、先客が居たらしい」

そう言って、金色のサーヴァントに真紅の穂先を向ける。

「ほう、王の判決を覆すつもりか、雑種?」

「はっ!戦場に王も糞もねぇ。居るのはただ戦う者だけだ。だがよ、てめぇはそれにすら値しねぇただのゲスだ、糞野郎が」

戦場に立つ以上、そこには老いも若いも、男も女も、貴族も平民も関係ないとは言え、明らかに戦う術を持たない者を殺す等、彼にとってゲッシュを破るに等しい程に許し難い。

あの時、衛宮士郎を殺すことも彼が望んで行った殺害ではないし、後味の悪い殺しはやりたくもなければ見たくもない。

彼は戦闘狂ではあっても殺人鬼ではないのだ。

ましてや、目の前の金色の男の闘いのなんと無様で醜悪な事か。

技巧も気品も何一つ感じさせぬ、ただただ無粋な物量に頼るだけの力押し。

自ら危機に踏み居る事すらしない、ただ安全な位置からの殲滅戦。

武人である彼にとって、正に唾棄するに相応しい闘法だ。

そんな物に、あの鋼の巨人が、あの勇名を誇るヘラクレスが敗れ去るなど許されて良いはずがない。

最強と最強のぶつかり合いに乱入した彼もまた最強の一角。

最速にして、確殺の宝具を持つ槍兵。

金色の王の如き派手さは無い。

鈍色の巨人の様な戦慄を伴う絶対的な威圧感も無い。

だが、彼もまた紛れも無く磨き抜かれ、研ぎ澄まされた最強の武人の一人。

「さて、嬢ちゃんは今の内に奥に引っ込んでな。此処にいられちゃ、あのおっさんも全力が出せねぇよ。……じゃあ、殺すぜ」

質問でも、決意でも何でもなく、ただ目の前のゴミをかたづける、そんな響きを含んだ開戦の言葉。

「思い上がりもココまで来ると、怒りを通り越して滑稽よな、駄犬。その蛮勇、後悔するが良い!」

対するは尚傲慢極まりない王の宣告。

此処に、最強と最強の闘いは新たな局面を迎える事になる。


嵐の様な宝具の斉射。

その悉くを躱し、避け、弾き、槍兵はホールを縦横に駆ける。

何も正面から付き合ってやる理由もない。

圧倒的な面制圧力を誇る王の財宝と言えど、槍兵の機動力を持ってすれば範囲外に避けきる事も可能であるし、有効面積を広げればそのぶん攻撃密度は薄くなる。

なれば捉えられようと、ただ捌けば良いだけ。

槍兵には幸いなことに英雄王の切り札である、天の鎖はバーサーカーを捕らえているため、ただただ避ける事にのみ徹する事が可能になっている。

しかしながら、弾幕は一向にその勢いを衰える気配すら見せず、間合いを詰められない。

(っち。埒があかねぇな。射出自体は大した技巧じゃねぇが、これだけ数を束ねられると流石に、な)

鎖縛されたバーサーカーがさながら剣山の如く無数の刃を突き立てられている有様を見れば、その一撃一撃の威力自体は嫌でも窺い知れる。

初戦は令呪の縛りがあったとは言え、自身の一撃がまるで通らなかったのだ。

そんな物を相手にし続ければ、いくら矢避けの加護があるとは言え、当たらないとは言い切れない。

こうして引き延ばし続ける程度の事は何ら問題はないが、それでは意味がない。

(あのオッサンでも歯が立たないとなると、あの鎖は対神宝具か。アレをこっちに使われたら終わるぞ、真面目に)

先刻から鎖を引き千切らんとするバーサーカーの咆吼が響き続けているが、一向に破断の気配すら感じ取れない。

バーサーカーの膂力の桁外れっぷりは嫌という程骨身に染みている。

それがまるで通用して居ないのならば、単なる拘束宝具であるなどと考える方が愚かだ。

それに加え、あの鎖で拘束されているバーサーカーに対して、金ピカ野郎は一切の意識を向けていない。

つまり、あの鎖はバーサーカーですら封殺すると言う確信、――あるいは信頼か、があると言う事に他ならない。

ならば導き出される答えはただ一つ。

絶対的な対神メタ宝具に他ならない。

(さて、なら、どうすっか)

一つ、この宝具の嵐をかいくぐり一撃を叩き込む。

二つ、あの鎖をどうにかして、バーサーカーと一気に攻め込む。

三つ、逃げる。

選択肢は概ね、この三つか。

(……何をアホな。やることなんて、一つしかありえねぇだろうによ)

無限の宝具の嵐を前にして、こんな下らない選択肢を導き出せる程に思考に余裕はある。

思考は研ぎ澄まされ、感覚は鋭敏に反応し、闘志は果てしなく昂ぶり、身体は限りなく完璧に噛み合っている。

あの赤の戦士との闘いの余韻を引き摺ったまま、有り体に言ってしまえば、現在の彼は最高にハイな状態である。

不可思議な全能感が彼を満たし、突き動かす。

全ての弾幕はスローに映り、体は思うがままに動き、赤の槍は全てを打ち払う。

ならば、出来ると確信する。

(まぁ、こんな逃げの戦いは元から柄じゃねぇからなぁ!)

全速からゼロへの急制動。

そのまま間髪入れず、こわばった右脚を解放し、一気にゼロから最速へ反転し宝具の群れを置き去りにする。

「ぬっ!?」

背後と右から壁に突き刺さる宝具の音。

つまり、敵と彼を結ぶ直線上には、何一つ遮る物は存在しない。

常軌を逸した槍兵の機動に英雄王の反応が一瞬遅れたのだ。

その一瞬の空隙は、最速を誇る槍兵に対するにはあまりに永い。

間合いは10メートル。

放つ一撃は「それ」以外に有り得ない。

力を生むため撓めた体が一気に膨れあがる。

「刺し穿つ――」

――神話に曰く、一度戦闘とならば、激情と共に体を膨らませる狂戦士でもあったという。

必殺の因果に、一瞬の狂化による身体能力の爆発的な増幅を上乗せし、槍兵のもう一つの切り札が解放された。

「――死棘の槍!」

正しく神速の一撃が、荒れ果てたホールに黄金を散らした。

一瞬の残心の後、槍兵は背後を振り返る。

圧倒的な速度故に標的との交錯後もそのまま背後に抜けざるを得なかったのだ。

しかしながら、その貌に悦びは無く、

「ったく、大した野郎だ。あの一撃を躱すかよ」

視線の先には尚健在の黄金の王。

先刻までと異なるのは、無傷だった黄金の鎧の胸部が深く横一線に抉られている事。

黄金の男は茫然自失と言った体でその筋をなぞっている。

魔槍の因果をねじ曲げることは並大抵の事象ではない。

ましてや、今の一撃は、魔槍本来の一撃に匹敵する程に、技自体の純度をも高めた一撃。

それを躱されてはなんともまぁ、しまらない。

「よっぽど神に愛されてるみてぇだな、てめぇはよ」

半ば呆れと共に呟いたその言葉。

「……神、か」

何がその琴線に触れたのか、その呟きと共に先刻までの何処かぼやけた殺意が、明確な形を持ち槍兵に突き刺さる。

「はっ。なんだ、てめぇもそんな風に……っ!?」

瞬間、感心よりも怖気が勝った。

唐突に、黄金の男の右手に現れた何か。

強いて例えれば、黄金の柄を持つ、黒色の筒か。

見方によっては剣と取れなくもないその異様。

アレはヤバイと本能が告げている。

「その口の軽さを呪うのだな、雑種。貴様は我が逆鱗に触れた。この一撃を喰らう光栄を許そう」

互い違いに回転する三柱の石塔に風が逆巻き始める。

さながらホールの大気を食らいつくさんが如く、「剣」が動き始め、大気が暴れ出す。

昂ぶりは一気に冷め、絶望的な予感のみがただただその胸の内に湧き上がった。

だが、

「はっ!随分とおセンチな野郎だな。神様嫌いの金ピカの王っつったら、アレしかいねぇだろうに。最古の英雄王ってのはよっぽどの小物だったらしいなぁ、おい?」

恐怖を闘志にすり替える術など、とうの昔に身につけている。

死を前に怯む戦士など、真に伝説に名を刻む戦士で有り得るはずなどないのだ。

「キャンキャンと良く吠える犬だ。いい加減、耳障りだ。疾く去ね」

その怒りに呼応し回転数を上げていく石柱。

破滅の予感はただひたすらに高まり、周囲の何もかもがその結末に怯えをなしているかの様に軋んでいく。

だが、それでも槍兵は揺らがない。

絶対の「死」を前に悠然と槍を構え、その刹那をただ見極めんとただただ己を高めていくる。

そして、その瞬間は訪れた。

「天地乖離す……」

黄金の王の必殺の一撃が発動するその刹那、

「――■■■■■!!!」

響き渡るは狂戦士の裂帛の咆吼。

荒れ狂う暴風のただ中にあって、その咆吼は高らかに戦場を揺らがした。

そして、戒めは今此処に断ち切られる。

「■■■■■!!!!!」

金属の破断音と共に、荒れ狂う嵐が如き風の断層を一筋の颶風が両断する。

ただ一つの誓いをその胸に刻み、対神宝具の拘束すら、純粋な力で凌駕し、狂戦士は戦場に再臨する。

しかしながら、

「……開闢の星!」

そのあまりに予想外な襲撃が仇となり、英雄王は反射的に標的を切り替え、狂戦士へとその切り札を解放した。

荒れ狂う断層は容赦なく、狂戦士の肉体を切り刻み、粉砕していく。

その圧倒的なまでの破壊を目の当たりにしながらも槍兵の視線はソコにはない。

「――――――――」

圧倒的な破壊に晒されながらも声一つあげない狂戦士の姿。

狂気に侵された身でありながら、その瞳は意思を宿し真っ直ぐに槍兵を見据えている。

「……分かったよ、オッサン」

その意思は理解した。

神による対神宝具の粉砕、星の域にある宝具にすらただ耐え続ける様、理性を奪われた狂戦士に宿る意思。

それがどれだけの意味を持つのか。

どれ程の意思による物なのか。

そして、それが何に対しての物なのか。

「この場は任せる。別にそのボケナスを殺しちまっても良いからな!」

戦力差は明らかだ。

せめてもの、叱咤を送る以外に出来る事はない。

「―――。■■■■■■■■!!!!!!」

その暴風の中、狂戦士は咆吼と共に一歩を踏み出す。

それを応えと理解し、槍兵は戦場から離脱した。

狂戦士の、否、誇り高き無双の英雄、ヘラクレスの願いを叶えるために。




「ってのが、事の顛末だ。確かに伝えたからな」

茜に染まる新都。

そのビルの屋上で、槍兵はその一部始終を語り終えた。

「流石に英雄王は伊達ではないか……バーサーカーを倒したか」

相手は先日死闘を演じたばかりの赤い好敵手。

セイバーと街を歩いていたところを上手い事捕まえられたのだ。

「イリヤの方はお前に任せて構わないのか?」

「ああ、とりあえず、あの金ピカ野郎にゃ見つかねぇ場所に匿っては居る。ルーンも仕掛けてあるから何かありゃすぐに分かるしな」

「ならば、安心か。にしても、これでようやく2人か。金ピカも含めてまだ6人。先は長いな」

「どうせ、明日にはお前らとライダーの決着がつくだろうさ。……なんなら、ここで一人減らすか?」

不敵に笑う様。

だが、それもまた虚しい。

「冗談はよせ。流石に君とてそこまでの余裕はあるまい。あの男とやり合うのは神経が磨り減るどころの話では済まんさ」

いくら槍兵とて、アレだけの弾幕を相手にし続けるのは容易な事ではない。

こうして無事帰還できていること自体尋常ではないことなのだ。

「まぁな……って、知ってんのか、野郎のこと?」

「浅からぬ縁があってな。何はともあれ、イリヤが無事で安心ではあるが、厄介な男が動き出したモノだ」

「ふぅん。ま、良いさ。にしても、悪かったな。セイバーとのデートの邪魔をして」

茶化す様に笑う槍兵は先刻まで紙一重の闘いを演じていたとは思えない。

この男にとって、戦闘も戦争も、日常の一部に過ぎないという事か。

「なに気にするな。ちょうど帰るところだったし、私が勝手に君を見つけてしまっただけだ」

本当にたまたま、ビルの上に見つけてしまったのだ。

恨むべきは鷹の目の鋭さか。

「なら気にしねぇが……。野郎は得体が知れねぇ。お前が不覚を取るとも思えねぇが用心だけはしとけよ」

「分かっている。その忠告有り難く受け取っておこう」

もっとも、その忠告は弓兵に向けたモノではあっても、弓兵のためではなく、槍兵自身の楽しみを失わぬためのものだが。

「おう。さて、こっちはそろそろいくぜ。また、やろうぜ?」

「ああ、私が生きていたらな」

その言葉の裏に潜む意味を、鋭敏に感じ取り槍兵は告げた。

「へぇ。じゃ、ついにやり合う気か」

「む、気付かれていたかね?」

半眼で、さも不思議だという様に弓兵は疑問を露わにする。

「ま、何となくな。やりあうなら、明日ライダーを片付けてその後か。余裕があれば観戦しに言ってやるよ」

「ふん。ギャラリーは要らんよ。……アイツとの闘いに余分なモノは要らない」

「そうかい。じゃ、精々気張るんだな。お前は、アイツに劣らない剣士だ。このクー=フーリンが保証してやる」

そう餞の言葉を残し、槍兵は消えていった。

茜はいつしか夕闇に変わり、ただ、静かに弓兵はソコに佇んでいた。



その男は、決意を胸に刻を待つ。

狂戦士の命を奪い、魔女を真っ向から打ち破り、侍を退け、槍兵と引き分けた。

卓越した剣技と戦術眼、そして無数の宝具と圧倒的なまでの弓撃の誇る実績は間違いなく彼もまた最強の一角である事を示している。

男は自身もまた最強に至り、その瞳にただ決意のみを宿し「最強」を待っていた。







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