衛宮邸客間。

普段使用されていない、飾り気のない部屋のベッドに腰掛け、少女は思考に耽っていた。

傷を負った少年は自室で眠りにつき、その従者は彼を看ている。

もう一人は屋根の上で周囲の警戒。

今、彼女の思考を妨げるモノは何もない。

整理すべき案件は今宵の一連の戦闘に関して。

最重要の要点は屋根の上にいる男。

黙考する事、十数分。

想起し得た事象の悉くに一区切りの結論をつけた少女は、ことの核心に迫るべくその従者に呼びかけた。

「アーチャー。来なさい」

待つこと数秒。

「まだ寝ていなかったのか、君は。で、何の用だ?」

天井から呆れ顔の赤い男が姿を現した。

「何の用……ね。言わなきゃ分からない?」

少女の声は些かの苛立ちと憤怒を孕んでいる。

そんなことを意に介さず、男はひょうひょうと言葉を続ける。

「まあ、聞きたいことが有るのは分かるのだがね。そのどれを答えれば良いのか……」

「全部よ」

有無を言わさぬ断言。

その様子に観念したのか、男は溜息混じりにこう切り出した。

「はぁ……。分かった。言える範囲で全て答えよう。まず何から話せばいい?」

その言葉を受け、少女は一つの推測の答えを問う。

「記憶、戻ってるわね?」

「ああ。まだ欠落は残っているのかも知れんが、重要な記憶はほぼ問題ないだろう」

その簡潔な解答に躊躇も後ろ暗さも無く、話す調子も平静そのものだ。

「そう。何で黙ってたわけ?」

当然の疑問を重ねる。

サーヴァントの記憶の混乱等というものは、この闘いの勝敗に重大影響を与える大問題である。

ソレが解消したのならば、理由もなく敢えて黙っているのは理に合わない。

「その後、私に聞いたかね?」

皮肉気な笑みで、一言。

成る程、こんちくしょうめ、と少々勘に障りながらも少女は続ける。

「む。確かに聞かなかったけど……。まあ良いわ。なら真名を教えなさい。隠す理由は無いでしょう?」

マスターとして当然の権利であり、義務である真名の把握。

記憶が確かになった今こそ、ソレを果たさん、と少女は尚も問う。

だが、

「断る。残念ながら、私の真名を明かすことはできん。理由は聞くな。名を明かせん理由こそが私の真名に直接関わる」

男はその名を明かすことを拒む。

その断固たる口調の答えを受けて少女はあっさりと次の言葉を紡ぐ。

「そう。なら良いわ。じゃあ次ね」

……む。待て。やけに素直だな。何か企みでも?」

その少女らしかぬ物言いに、男が困惑と共に食いついた。

平常の、否、素の彼女を知る者ならばある意味当然と言える反応だ。

そんな動揺と困惑混じりの声に、不満の表情を浮かべながら、溜息混じりに少女は続ける。

「あんた、私を何だと思ってるのよ。とりあえず、あんたの強さはよく分かったし、真名を知らなくても、私が不都合する事は無さそうだからよ。これでも信頼はしてるんだから」

「そうか。ならば、その信頼に応えねばな。で、次は?結界に関してか?」

得心したとばかりに笑みを浮かべ、男は次を促す。

「イエスよ。アレに心当たりは?」

少女は首肯し、更なる問いかけを返す。

有り体に言えば、男はその全てを経験している。

以前の闘いでは、あのサーヴァントの正体を知ることは叶わなかったが、結界の発動する様、効果、結果全てをその目で見た。

だが、その構成、内包される神秘、特性、解呪法などに関しては、サーヴァントとなった

今でも、皆目見当もついていなかった。

故に、事実をそのまま語る。

「無いな。魔術ならともかく、あの手の呪術の類は専門外だ。性質に関しても、まるで聞かない類のモノだから、絞りようがない。一つだけ言えるのは、アレはあらゆる意味で、人外の手によるモノだな」

「人外……か。英霊とかサーヴァントって意味だけじゃ無いわよね?」

「勿論だ。アレは、性質的、志向的、純度等を合わせてみれば、ヒトに類する存在の業ではない。恐らくは、極めて高位の人外、いわゆる妖、悪霊の類の手によるモノだな。」

その正体に関しては見当も付いてはいる。

だが、ソレを明かすのは未だ一度も邂逅していない以上不自然極まりない。

「対策は?」

「今の所は対処療法以外にないだろう。こちらから餌を垂らし、大本がかかるまで待つしか有るまい」

「学校関係者がマスターってのはほぼ間違いないだろうから、どうにかチャージが済む前にカタをつけなきゃね」

ああ。犠牲は少ないに越したことはない」

今後の方針と共通の指針を確認し、話は次のフェイズに進む。

「そうね。じゃあ、次はランサーよ。アレは、クー・フーリンで間違いない?」

「ああ。本人が認めていただろう。アレは間違いなくケルトの英雄、アイルランドの光の御子だよ」

男はあの青の戦士に思いをはせる。

神話に名をはせる誉れ高き神速の槍兵。

以前は、一度殺され、一度殺されかけ、一度命を救われた。

ほんの数度の邂逅でしかなかったが、そのあり方は英雄の名に相応しい、豪傑そのものだった。

以前は測れもしなかったその強さ、迅さ。

どれをとっても今の自身以上だろう。

「なら、あの槍はゲイボルクか。伝承によるとアレは……」

「必中の槍。確実に相手の心臓を穿つ、因果操作の呪いの魔槍だ。能力に関しては様々な伝承が有るが、これがメインだろう。名を字義通りにとれば意味は、雷の投擲。その名の通り、投擲武器としての伝承も数多く残っているな。伝承通りであれば、もう少々無骨な超重兵器でもおかしくはないのだが、ランサーのクラスに応じて、取り回しを良くするため多少変化が有ったのかも知れん。……どうした?」

つらつらと蘊蓄を垂れる男が、呆けた少女の様子に、語りを止める。

「あんた、無駄に詳しいわね。神話オタクだったとか?」

「ふむ。まあ、私の魔術の特性上、どうしてもこういった知識が蓄積されるのだよ」

男ははぐらかし、流すつもりだった様だが、少女の追求を逃れることは叶わなかった。

「魔術の?あとで詳しく聞かせて貰うわよ。」

「できれば遠慮したいのだがね。さて、ランサーに関して続けても良いかね?」

溜息を付きつつ、戦力分析を再開すべく、少女に問いかける。

「ええ。続けて」

「では。能力に関しては説明はいらんだろう。自分で把握してくれ。今回の戦闘では、互いに様子見だったから、推測でしかないが、単純な力量で言えば、真っ向からで五分五分と言った所だろうな」

ソレが男の冷静な分析だった。

単純な技量だけであれば、自身が若干劣るだろう。

だが、男にはソレを覆しうるだけの経験と戦略、要するに思考技術がある。

だが、だからといって容易く勝てる相手では無い。

「手段を選ばなければ?あんたが半端に接近戦とかしないで、文字通りの弓兵に徹するとか」

少女がもっともな疑問を口にする。

ソレは彼の名がアーチャーである以上に、先刻のバーサーカーとの戦闘を見ての意見なのだろう。

「半端とは聞き捨てならんな。まあ、彼に飛び道具は効かんが、そう言う手で行くのなら、かなり勝率は上がるだろう。だが、先ほども言った様にゲイボルグの本領は投擲にある。遠距離でも決して油断はできん。加えてあの俊敏性。結局は遠近どちらでも、結果としては大して変わらんだろうな。」

「そう。ならアイツに関しての方針はあんたに任せるわ。頼んだわよ」

「任された。では、次はセイバーか」

その信頼に頷き、男は次を促す。

「ええ。心当たりは?金髪碧眼の女騎士なんてジャンヌ・ダルクぐらいしか思い浮かばないんだけど」

それは、ある意味で、男にとっては最も答えに神経を使う局面であろう。

心当たり所か、何もかも知った上で、不自然にならぬ程度にシラを切り通さなければならないのだから。

「ふむ。少なくともジャンヌではないな。かの女傑は、セイバーの気質とは全く異なっている。ジャンヌは争いを好まず、旗持ちを好んでいたとの言い伝えも有るしな。もちろん前線に立って勇猛に兵士を鼓舞したらしいが」

「へー。ホント、詳しいわね。じゃ違うのか。で、心当たりは?」

感心した様に少女が言う。

その軽い口調。

もとよりジャンヌの線は薄いと思っていたのだろう。

「無きにしも非ず、と言ったところか。外見、装飾の意匠から、少なくともヨーロッパの英霊であるのは間違い無いだろう。加えて、あの物言い、立ち振る舞いから騎士道が生まれた中世、即ち古代以降から近代以前の英霊と言える。まあ、騎士道などと言うものは、行動規範に過ぎないモノだがね」

その説明を受けて、少女が要約する。

「つまり、そのざっと1000年くらいの間のヨーロッパの有名な騎士ってこと?」

「うむ。その中でも比較的古い部類、恐らく西暦1000年以前だろうな。もしくは、その時代に類する伝説上の英霊か。まあ、全く絞れてはいないと言われれば、ソレまでだな」

一瞬の間。

「まあ、女騎士だけじゃぁねぇ。巴御前じゃあるまいし、中世ヨーロッパで武勲を上げた女騎士なんて見当もつかないわよ」

溜息を付き、繋げる言葉には些かの諦観が混じる。

少女の方も情報のあまりの少なさをしっかりと認識しているのだろう。

現段階で推測しうるのがその程度であることは想像に難くない。

「全くだ。せめて、剣が見えていれば、まだ分かるのだがな」

男の発言が続く。

男にとって、この発言は明らかに地雷である。

だが、セイバーを語るにおいてそこに触れないのは明らかに不自然である以上、敢えて踏まざるを得ない。

「剣、ねぇ。……そう言えば、アレも宝具?見えない剣?」

「その認識は間違いだ。アレは不可視の剣という宝具なのではなく、剣を不可視にする宝具を使用している様だな」

男の説明を聞き、少女が頷く。

「常時発動型ってやつね。ってことは、更にあの剣もとんでもない宝具だって可能性も?」

「もちろんだ。と言うよりも、不可視の宝具の方が付属品だろう。打ち合っただけでもあの剣の凄まじさはよく分かった。恐らく、聖剣にしろ、魔剣にしろ、最上位クラスだろうな」

「なら、使われる前に、ってことね」

ああ。だが、ソレが叶うほど容易い相手ではないだろう。私が全力を尽くしても勝てるかどうかは危ういところだ」

それは正直な感想。

長き生涯を研鑽に費やし、英霊として、掛け値無しの強者として、再び現世に降りた今でさえ、彼女は畏敬の対象に他ならない。

「そこまで?確かにトンデモな性能みたいだけど……。」

二人の英傑の能力を把握するが故に、少女は問いかける。

確かに、へっぽこ魔術師がマスターであると言うのに、あの騎士の能力は高かった。

騎士としての力量もかなりの物なのだろう。

だが、目の前の男をして勝てないと言わしめる程のモノとは思えなかったのだ。

「ああ。正直、彼女に勝てるビジョンが見えん。現状のあらゆる攻め手でも、彼女に勝利することは叶わんだろう。」

淡々と語るその様に、一つ少女は思い当たる。

「随分と弱気ね?」

その問いに、男は困った様な笑みを浮かべ、軽く溜息を付く。

だが続く少女の言葉で、

「でも、勝てなくても、倒せはするんでしょう?」

その表情は、

「ふ。察しが良いな。君の想像通り、勝てなくとも倒す手段はいくらでもある」

皮肉気な笑みへ。

「ただし、その手段で挑む場合は令呪を使用しろ」

そして、戦士のソレへと変貌する。

「手段を選ばないのはプライドが許さないって?正直、似合わないわよ?」

呆れた様な表情で少女は言う。

だが、男の表情は変わらない。

「何とでも言うが良い。だが、これだけは譲れんよ」

「まあ、良いわ。私たちが倒さなきゃいけないって分けでもないし。しっかり監視つけるなりして情報を集めてからでも遅くは無いからね」

これまでの問答の総合として、男が一つの問いを返す。

「……やはり、やり合う気か」

その今更とも言える問いに、一切の躊躇無く、少女は応える。

「当然でしょ。これで、この聖杯戦争で勝利するのは遠坂の悲願。そこに、余分なモノは要らないわよ。まあ、あんたがいる限り有り得ないでしょうけど、余程厳しい状況になったら、……まあ、別だけどね」

ソレは魔術師としての、遠坂としての、魔術師である以前の少女、遠坂凜の矜持。

そして、その相棒たる男への信頼故の答え。

「はぁ。信頼は嬉しいのだがね……。まあ、君らしいと言えば、らしいか。私も精々努力するとしよう」

何度目かの溜息。

変わらぬ皮肉気な笑み。

だが、その声はどこか満足げな響きを含んでいた。

「そう。んで、セイバーはおいとくとして、次よ。……ヘラクレスだと思うんだけど、どう?」

その様子を確認したのか、しないのか、少女は素っ気なく話を次に進める。

「ああ。ソレで当たりだ。アレはギリシャの大英雄ヘラクレスに相違ない。何処で気付いた?」

「見た感じが西欧系だったのと、あの不死性。あとは、あんたの発言よ」

確かに、男には一つ思い当たる節があった。

「アレか」

「そう、アレ。弓と剣、そして狂戦士の適性持ちなんて限られるでしょ?」

(彼がセイバーやアーチャーのクラスだったならともかく―――)

あの狂戦士と対峙した際に男が漏らした言葉だった。

そして、問答は核心へ迫る。

「で、聞きたいのは、何であのタイミングであんたは気付けたのか、ってこと。完全に初見。動きすら見ずにあんたはあの台詞を吐いた。どういうカラクリ?あんたもギリシャ系の英雄とか?」

その問いに間が空く。

「……。話さねばならんかね?」

しばしの沈黙の後、男が紡いだ言葉には、嫌だ、と言う意志が如実に表れていた。
だが、ソレすらも少女の無言の圧力の前に崩れ去る。

「……。分かった。話そう。先ほども少し話が出たが、これは私の魔術に関わる特性でな」

「知識が蓄積云々ってヤツね」

少女の言葉を受け、男が頷く。

「そうだ。私の魔術は「解析」に極めて秀でていてな。大抵の代物は一目でその構造を看破できる。特に武具に関しては、ソレが刻んできた歴史さえも読み取ることができるのだ」

嘘ではない。

だが、決して真実でもない答え。

もっともらしい、だが、肝心な要素を隠した答え。

男は真実を、まだ語るわけにはいかなかった。

「歴史?つまり、誰に作られて、誰が使って、どんな闘いで使われてきたか、とか?いや、違うわね。それに加えて、何で作られたか、何のために作られたか、それも分析できるのかしら?」

その言葉を少女が解釈する。

それは彼女の優秀さを裏打ちする的確なものだった。

「その通り」

「……凄いんだか、凄くないんだか、よく分からないわね。役にたった?」

その言葉にぴくりと男の眉が動く。

「……役にたてたさ。それ故、バーサーカーやランサーの正体も看破できたわけだ。セイバーは無理だったがな」

男はやや不満げに答える。

確かに魔術師として「無駄」に優秀な能力であることは認めているが、ソレを役立たず扱いされては、流石に勘に障ったのだろう。

「……それって、聖杯戦争で無茶苦茶有利じゃない?」

僅かばかりの黙考を経て、少女は正直な感想を述べた。

「だな。一方的に敵の真名と宝具の性質を看破できるわけだからな」

「なんで、黙ってたわけ?」

「聞かれなかったからだ」

つい数分前と似た様な問答。

互いに続く言葉が無く、しばしの沈黙が場を支配する。

「…………」

「…………」

「はぁ……。もう良いわ。で、バーサーカーに関してはどうな分けよ?ヘラクレスなら12回か13回でしょ?」

その沈黙に、先に折れたのは少女だった。そのまま狂戦士の話題へと再度シフトする。

「ふむ。12回のハズだ。今回の戦闘で4つは獲れただろうから、私達との戦いまで敗れていないのなら、あと8つだな」

問題はその不死性へ。

「4つ?2つじゃなくて?」

「オーバーキル、と言う奴だ。規格外の一撃を叩き込んでやれば、複数個の命を削れる。ランサーの様な宝具では無理だがな」

殺傷性と威力の問題。

純粋に「殺害」を目的としたものと、「破壊」という現象において「殺害」を行うものの違いである。

そこには優劣は無く、ただ単に目的と用途の違いである。

「じゃあ、最初で1つ。次ので3つってことか。……聞いても良い?」

その説明だけで、少女は言わんとすることを理解し、そこから浮かび上がる疑問をおずおずと切り出した。

「最初にヤツを殺したのは、神殺しを変化させた矢だ。ヤツの防御性能は極めて高いが、所詮は神の領域に居るモノ。神殺しに抗えるわけもない」

何処か諦めにも似た感情を滲ませながら、男は淡々と語る。

例え断ったとしても、何だかんだで話す羽目になることは想像に難くないからだ。

「神殺しを?」

その信じられない発言に、少女は戸惑いを浮かべた、神殺しとは恐らく文字通りの意味。
一級品所か、規格外の概念武装である。

現存するモノは、教会、協会共に合わせたとしても数えるほどしかないだろうソレを、あまつさえ使い捨ての矢として使用している等という発言に戸惑わない方が可笑しいだろう。

「そうだ。二撃目は……、君は直接見ることはできなかっただろうが、弓自体が宝具。神代の魔弓を全力で叩き込んだ。ヤツの防御を打ち貫くには、可能であれば、単純な力押しがベストだからな。了解したかね?」

さも当然の様に語る男とは対照的に、少女の狼狽は明らかだった。

「ちょ、ちょっと待って。ってことは、何?あんたは、矢と弓と剣で宝具3つ持ち?」

それも、神殺し、神代等というおまけ付きなのだから、少女の狼狽も当然のモノだろう。しかし、男の答えは更にその斜め上。

「否だ。その中で私自身の宝具はあの剣のみだ。他は拾ったモノだったり創ったモノだよ。この国で言うところの、武蔵坊のイメージだな」

「弁慶?……何となくは分かったけど、それでも規格外じゃない。それに、神殺しって何よ?見た感じ、何の変哲もない矢みたいだったけど」

知った単語が出てきたことで、いくらか少女も平静を取り戻すが、ソレをあざける様に男は再び爆弾を投下する。

「厳密には“モドキ”だが、……宿り木、と言えば分かるだろう?」

「宿り木の神殺し?……って、まさか、ミストルティン!?北欧神話の!?」

ミストルティン。

その言葉が表すのは宿り木。

伝承によれば、剣とも槍とも言われる、掛け値無しの神殺しである。

神々の中でもっとも美しく万人に愛されたとされる神、バルドルを殺害したものであり、北欧神話における最終幕、神々の黄昏をもたらすことになった武器の名である。

この男が使ったのは、とある槍に宿り木の因子を混ぜ込んで創り出した、あの「偽・螺旋剣」の様な物である。

「なななな、なんだってそんな代物を、よりにもよって、使い捨ての矢なんかに使ってんのよ!?」

無言で頷く男を前に、少女の狼狽具合はいささか気の毒になるほどであった。少女が落ち着くのを待ってか、しばらくの間を空けて、男は断固たる答えを紡ぐ。

「勝つために、だ」

その簡潔かつ単純な理由の前に少女は沈黙した。

そして、戸惑い気味に、あるいはおっかなびっくりに、はたまた恐る恐る、更に質問を重ねた。

「……じゃ、神代の魔弓ってのは?」

「とある英雄が使用していたとされる弓だ。具体的な性質としては、九つの超火力の同時発射と言ったところだな。その破壊力は、まあ、今度機会があれば見せよう」

返る答えは、これまた常軌を逸した、もちろんこちら側の常識もである、答えだった。

しかも当然だとでも言う様にさらりと言ってのける。

しかも先ほどの言を合わせて考えれば、ソレさえも彼自身の本来の宝具ではないと言うことだ。

ここまで来ると、少女も慣れたモノである。

即座に立ち直り、半ば呆れ気味に話を進める。

「……バーサーカーも大概出鱈目だったけど、あんたも負けてないわね。それじゃ、基本的に距離をとって戦えば、問題ないかしら?あ、そう言えば、自分でも言ってたわね、問題ないって」

バーサーカーとの戦闘に入る直前のことである。

少女もあの時は単なるブラフだと思った様だが、自身のサーヴァントの非常識っぷりを見せつけられた以上、無視はできない言葉だった。

「ああ。遠距離であれば確実だが、近接でも、まあ、勝ち目がないわけでもない。私が残り全てを削りきらなければならないわけでもないしな」

淡々と事実を告げているだろうその声に少女は頷き、

「分かった。追々考えましょう」

更に話を続ける。

「残るはライダーとキャスター、アサシンね。キャスターの根城が寺だとすると、学校の方はライダーで決まりかしらね」

「だろうな。新都でのやり口と学校の結界とでは明らかに食い違いがある。で有れば、ライダーの線が濃厚だろう」

事実を告げるべきかどうか、男の内心は揺れる。

この場でソレを告げるのは些かどころかかなり不自然である。

余計な嫌疑をもたれては、こちらの目的に支障が出かねない。

だが、事実を告げれば、一般生徒、教師への被害は防げるのだ。

それでも、結局男は無言を貫くことにした。

自身は時の流れにおけるイレギュラーであり、必要以上の介入は避けるに越したことはない。

全ての決断は、この時を生きる者に任せるべきなのだろう。

幸いにして、目前の少女はソレを任せるに足る、と確信にも似た感情を抱ける。

「アサシンは?」

「全く動きがない以上は何とも、な。ま、動きを気取られる様では暗殺者失格ではあるが」

そうして、それらの情報と、自身の考察、サーヴァントの能力を、相互に検討し、彼女は当面の指針を打ち出す。

「それじゃ、今後の方針は、とりあえず学校でライダーに喧嘩売りつつ、寺のキャスターにも隙を見てちょっかいを出す。取っかかりのあるこの二組を最優先にして、セイバーはある程度情報を集めてから、って方向で。他の連中に関しては、受け身に回らざるを得ないのが痛いけどね」

「それが堅実だな」

確かに今判明している状況と、明かしている情報では打てる手はその程度が関の山だった。

むしろ実質初日でこれだけの情報があれば十分とも言えなくはない。

「さて。現段階でまとめられる情報は全てまとめただろう?早く寝ることだ。今日も学校があるのだからな」

「分かったわ。見張り、よろしくね」

「了解した。ではな、凜。暖かくして寝ることだ」

「ええ。お休み、アーチャー」

簡潔なやり取り。

ソレで今日は終わり。

少女はベッドへと潜り込んだ。

夜明けまでは僅かな時間しかないだろうが、少しでも長く睡眠時間を確保するに越したこ
とはないのだ。

数分の後、安らかな寝息が聞こえ始めえる。

ドアの外でソレを確認し、男は歩き出した。


男は庭へと出る。

月も既に西の山際。

もうまもなく夜も明けるだろう。

長く息をつき、おもむろに剣を呼び出す。

凝った華美な装飾と鈍く光る鋼の質感のアンバランスさが一見ちぐはぐな印象を与える剣。

自身の身の丈に合う長い刀身を持つ、両手で扱うことも加味した長柄の剣。

永き年月、共にあらゆるものを切り払ってきたその愛剣。

もはや己が手と同じとも言える、月の光に淡く光るソレを振るう。

ただ、振るう。

一振り一振り。

体の動きを確認する様に、ゆっくりと、ゆっくりと剣を振るう。

ゆるりとした太刀筋に淀みはなく、ただ真っ直ぐに、際限なく連なりゆく。

その一振りごとに僅かずつ、本当に僅かずつ、動きが加速する。

一太刀ごとに鋭く。

一振りごとに迅く。

一薙ぎごとに強く。

三百を超える頃には、実戦のソレさながら、颶風を孕む神速の太刀へと変貌する。

その太刀の先に見るのはただ一人。

その至高の頂にたどり着くために、無心に剣を振るう。

そして、一際鋭い上段からの真っ直ぐの振り下ろしをもって剣舞は終了へと至る。

振り下ろした姿勢のまま、僅かな静寂。

再び長く息をつき、鋭く振り上げたその剣を地に突き立てる。

そのまま両手は柄に載せ、瞳を閉じる。

呼吸を整え、瞑想へ。

否、ソレは瞑想などでは無い。

彼のソレは苛烈なる思考作業。

彼の持ちうる全ての能力をシミュレートへと動員する。

彼の内に眠る数多の武具に刻まれた記憶、彼自身がその魂に刻んだ戦の数々、その身を穿ち、貫き、裂き、斬り、戦った敵、好敵手、それらを通し育んだ戦術思考、そして、ふとした折りに身につけた分割思考を駆使し、ひたすらに思考戦闘を繰り返す。

あらゆる敵、あらゆる場所、あらゆる戦況をシミュレートし、その全ての打開策、次善策を打ち出していく。

ソレは、魔術の修行と並んで、何時の頃からか彼の日課となっていた作業。

強くなるために、力を手に入れるために、自身にできる全てを。

その愚直な、純粋な欲求の果てに辿り着いた闘者としての境地。

同時並行的にこの聖杯戦争で相対しうる相手との、対等な条件下での戦闘をシミュレートし終えたところで、彼は瞼をあけた。

東の空には既に日輪の兆候。

時間にして6時過ぎと言ったところだろうか。

まだ、足りないピースが多く満足な結果には至らなかったが、これ以上、思考に埋没するわけにもいかない。

今日もまた、苛烈なる修羅の宴は止まらない。

その予感に彼は身震いする。

そうだ。

その修羅の巷にオレは身を投じている。

伝説の英雄達、古の怪物、神代の魔女、そんな化け物が跋扈する異界でオレはこの剣を振
るう。

この弓を引き絞る。

この内を解放する。

そして何よりも、この戦いには、彼女かも知れないセイバーが居る。

その内に巻き起こる、苛烈なる感情は、耐え難い衝動は、純粋な悦びに他ならなかった。





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