星の加護を受けた蒼の騎士。

星の加護を宿した赤の戦士。

二人の英雄がここに邂逅する。

彼らの邂逅は「狂い」による偶然か。

それとも、「運命」に約束された必然か。

いずれにせよ、二つの歯車が今宵、遂に噛み合う。

そして、狂った運命はここに動き出す。


 
第一話 「貴方が、私のマスターか?」



彼は実に不機嫌だった。

あのいけ好かない野郎がマスターになった時点で最悪だというのに、任された仕事は諜報活動。

ようやく巡り会ったサーヴァント、卓越した技巧を持つ赤の剣士との戦いは互いに全力を尽くすことなく、目撃者の為にお預け。

更には、その目撃者の、戦士ですらない無抵抗の餓鬼を殺す羽目になり、帰還したと思えば、その餓鬼の再殺を命じられた。

これで上機嫌なはずがない。

あまりの不機嫌さ故に、やる気も皆無である。

「一瞬で楽にしてやろうと思ったんだがな」

そうして、天井からの一撃は不発に終わった。

彼のやる気のなさが幸い、あるいは災いしてか、その餓鬼は彼の不意を打った初撃を躱して見せた。

(アレを外すかよ……ああ、やってらんねぇ)

やる気なく少年に視線を向ける。

血濡れの服を着たまま、健気にも何やら棒状の物をこちらに向け構えている。

その面構えだけは一端だった。

(……紙か?あんなモンで俺とやり合う気かよ)

いささかの哀れみを覚えたものの、だからどうというわけでもない。

「しっかし、一日に同じ人間を二回殺すことになるたぁな」

そうぼやき、ノーモーションでの一撃を繰り出す。

狙いは心臓。

あの無意味な対抗策の上からぶち抜く軌道。

あの餓鬼に反応できるハズがない一撃。

つまらない仕事もこれで終わる。

だが、その一撃は餓鬼の心臓を穿ちはしなかった。

あっさりと打ち抜かれるはずだった紙の筒が、硬質な音を立て、槍を弾いたのだ。

その事実に槍兵の心が僅かに沸き立つ。

「へぇ……面白い芸風じゃねえか。」

おそらくは「強化」の魔術。

目の前に居るのは只の餓鬼ではなく、魔術師だったという訳だ。

「成る程な。微弱だが魔力も感じる。だから生きてたわけだ。いいねぇ。さっきの嬢ちゃん程じゃあ無えが、ちったぁ遊ばせて貰うとするか!」

立て続けに数発、刺突を繰り出す。

そのどれもが手加減こそしてあるが、常人に防げるギリギリのレベルである。
一瞬でも迷い、恐れ、疑いを抱けば死に直結するその連撃を、

「くおおおああっ!」

その餓鬼は雄叫びとともに全て防いで見せた。

(おいおい、マジかよ。こいつはここで殺すにゃあ、もったいねぇかもな。)

 続けて、払い、返し、更に突きを繰り出す。先ほどの連撃よりレベルを上げたこの攻撃も、折れかけた紙の筒が、その悉くを弾き返した。

「やるじゃねぇか、ボウズ。正直、驚いたぜ。」

 最後の突きを弾かれたままに、肩に槍を担いだところで、思わず素直な感想が口をつく。肩で荒く息をしている餓鬼、もといボウズのこれまでの抵抗は賞賛に値する。

一般人はおろか、一人前の魔術師ですら防ぎきれない攻撃を、辛うじてとはいえ、このまだ年若い魔術師のボウズが全て防ぎきったのだ。

「……。」

そのボウズは肩で息をしながら此方を睨み付けている。

その瞳に絶望の色は無い。

ランサーが本気でないことなど分かりきっている。

本気を出されれば、瞬きすら許さずに殺される。それを理解していながら、猶も足掻き対抗しようと身構えているのだ。

(時代が時代なら、良い戦士になってたかもな)

生まれてくる時代を間違った。

そんなありきたりな表現が思い浮かぶ。

が、そんなもしもの話に意味はない。

今重要なのは、目の前の坊主を殺すこと。

そして殺すならば、その足掻きに賞賛を込めた業で応えてやることのみだ。

「まあ、ここで死ぬんだから関係ねぇか。次で終わりだぜ」

そうして、下げていた槍を構え直す。

その刹那。

「……勝手にほざいてやがれ!」

その雄叫びと共に、ボウズは後ろに跳び下がり、窓を突き破って外へと逃げ出した。

(ほう。ここで、その判断が出来るか。だが、遅すぎる!)

その的確な判断に賛辞を送りながら、タイムラグ無く後を追い、上から槍を突き下ろす。

地を転がり、体勢を整え切れていない状態の、ボウズへの必殺たり得る一撃。

しかして、その必殺の一撃は、

「――――っつぁあああ!!」

振り向きざま大振りの一撃で、またしても相殺された。

完全に予想外の一撃。

槍は弾かれ体勢は崩れる。

(マジかよ!アレを防ぐとはな……ってぇ!)

「誰が逃がすかぁ!!」

自身の想定を遙かに超えたその戦いぶり。

それへの賞賛もそこそこに、背を向け駆け出そうとしたボウズに、崩れた勢いそのままに、体を回転させ回し蹴りを放つ。

完璧な手応え、もとい足応え。

腹筋の固い感触。

良く鍛え込まれているであろうその体は、軽々と宙を舞う。

(さて、そろそろ、終わりにするとするか)

一度体勢を立て直し、決着をつけるに相応しい一撃を放つべく槍を拾い上げ構えを取り直す。

そして、着地の衝撃をこらえどうにか体を起こそうとしているターゲットに一気にかけ出した。



――最早、奇跡でも起こらぬ限り少年に希望は無い。

否。

そもそも、ここまで渡り合えたこと自体が奇跡以外の何物でもない。

奇跡とはそう簡単に起きないからこそ奇跡と言う。

故に、これ以上の奇跡が続くことなどありはしない。

ならば、これから起こることは、少年が起こす「奇跡」は一体なんと呼ばれるものなのだろうか。



体を動かすまでもなく、激痛が走る。

体はガタガタ。

足はガクガク。

空気を求め喘ぐが、腹を強打されたダメージで呼吸もままならない。

それでも、壁に手を添えどうにか立ち上がる。

そう、目指していた土蔵に過程はどうあれ辿り着いた。

ならばまだどうにかなる。

この中なら、何かヤツに対抗しうるモノが有るはずだ。

だが、

「終わりだっ!!」

青き獣の咆吼。

紅き切っ先が迫る。

さっきのお遊びとは違う殺す気の一撃。

逃げられない。

避けられない。

防げない。

それでも、その一撃は当たらない。

外れた穂先が土蔵の扉を叩く。

その衝撃で重く鈍い音と共に扉が開かれた。

「ああっ!男ならしゃんと立ってろってんだっ!」

勝手なことをほざいてやがる。

散々痛めつけたくせに、堪えきれなかった膝が抜けたからってその言いぐさはないだろ。

まあ、そのおかげで生きながらえ、道も開けた。

なら後は、その礼を返すだけだ。

青い男の悪態を背中に聞きながら、暗い土蔵の中に飛び込む。

なおも迫る殺気。

振り返った先にまたしても繰り出される紅の槍。

とっさに、「強化」されたポスターを開き盾にする。

鈍い音。

とっさに閃いたにしては、ポスターは十分に盾の役目を果たしてくれた。

だが、そこまで。

それ以上、ヤツの槍を防ぐ手段は衛宮士郎には無く、武器を見つける時間も無く、槍は再び心臓に突きつけられる。

「これで、今度こそ終わりだな。よく頑張ったぜ、ボウズ」

そんな言葉は聞こえない。

目に入るのは紅い穂先。

つい数時間前にこの胸を抉った凶器。

あの感触を覚えている。

あの感覚を覚えている。

心臓を突き破る冷たい感触。

肉体が死に侵されるあの感覚。

あんなモノを、もう一度味あわされるのか。

殺されるってだけであり得ないのに、それが一日に二度。

何も分からず殺される。

何も知らないまま命を落とす。

そんな理不尽認められるかよ。

そんなのは、あの、「地獄」だけで、十分だ。

こんな所で、何も知らずに、訳も分からず、

「殺されるてたまるかあああああ!」

――――瞬間、光が満ちた。

目映い光の中、言葉を発することすら忘れた。

眩んでいると言うのに、その瞳は鮮明にその姿を捉え、写し込む。

光の中から現れたのは一人の騎士。

鈍く光る鎧を纏い、迫った槍を一撃で弾き返したソレは、猛然と槍兵へと追撃を仕掛けた。

「っちぃ。まさか、本当に七人目だってのかよ!」

室内では不利と判断したのか、追撃を捌いた青の槍兵は土蔵の外へと飛び去っていった。場に一瞬の静寂が訪れる。

今、この土蔵には自身と騎士の二人のみ。

雲の割れ目から差し込む月光に照らされ、その騎士は立っている。

美しい金色の髪は月明かりで淡く輝き、その翠緑の瞳は真っ直ぐにこちらを見ている。

青のドレスと白銀の鎧を纏い、毅然とした凛々しき立ち姿は、正に威風堂々。

その姿は、ただ美しかった。

「……問おう」

その口から言葉が紡がれる。

その姿に似つかわしい涼やかな声。

強き意志を感じ取れるはっきりとした声。

「貴方が、」

その瞳に、何かが宿る。

それが何なのかは分からない。

だが、その意志はきっと邪なモノではない。

そんな気がする。

いや、そんな気にさせる美しさだった。

ほんの数瞬。

ただそれだけで、その姿に、あり方に、立ち振る舞いに、士郎は魅入られていた。

「私のマスターか?」

告げられたのは一つの問い。

恐らくは、言葉に表せないほどの重さを持っていただろうその問いに、そのときの彼は答える術を持たなかった。

あまりの出来事の連続に思考は追いつかず、その思考さえも、今は目の前の美しき騎士に奪われていた。

故に、漏れた言葉は意味すら持たぬ、ただの音。

「へ……あ……」

「サーヴァント、セイバー。召還に従い参上した。マスター、指示を」

紡がれる二度目の言葉。

そのマスターと言う言葉と、セイバーと言う名を耳にした瞬間、

「っつぅ!?」

左手に熱。

焼け付く様なその熱さに思わず苦悶の呻きをあげる。

左手に目をやると何やら赤い紋章が浮かび上がっていた。

少女はそれを認めると、厳かに、それを告げた。

「これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。ここに、契約は完了した」

「……契…約?一体なんな……」

コレでも魔術師の端くれである以上、契約という言葉は理解している。

だが、意味が分からなかった。

だが、そんな言葉も、穏やかな、けれど、確固たる闘志の宿った声で遮られる。

「マスター、話は後ほど。今は、彼を排除します。」

そう言って、少女は視線を土蔵の外へ向けると、一呼吸の後、一気にかけ出した。

「ちょ、待てよ!彼って、アイツとやる気かよ!」

この場で彼と言ったら、あのランサーしかいない。

あんな化け物相手に、あんな女の子が戦えるわけがない。

すぐさま、少女、セイバーの後を追い、土蔵の外の光景が目に映った瞬間、その心配が全くの杞憂にすぎなかったことを理解した。

「はあああああああああ!!」

裂帛の気合いが耳に届く。

轟音と共に大気が揺れ、閃光が庭を照らす。

あの少女は、ランサーと全くの互角に、否、完全に打ち勝っていた。

槍を盾に後退していくランサー。

少女が何かを打ち付けるたびに、閃光が閃き、ランサーの顔に苦悶が浮かぶ。

「ちっ!」

だが、それでもなお、彼は強者だった。

少女の全ての猛撃を受け止め、僅かな隙に的確な反撃を繰り返す。

「ふっ!!」

だが、それでも少女は止まらない。

雷霆の如き刺突も彼女を捕らえることは叶わず、ただ、閃光と共に金属音を奏でるのみ。

その攻防は先の青赤に良く似ていた。

確かにあの二人の戦いとは、攻守が違っている。

それでも、何故かあの少女の太刀筋、剣は見えてはいないが、は、どこか、アーチャーという男の太刀筋とかぶって映る。

打ち合うこと、更に数秒。

セイバーの強烈な一撃に、轟音と共にランサーが距離をとった。

一足以上の間合いを空け対峙する両者。

数瞬の沈黙を打ち破ったのはランサーだった。

「……ソレは、剣か?」

彼女に問いかける。

その言葉が指す物は彼女の獲物。

何故なら、彼女の振るう武器は不可視。

その姿を見せることなく、敵を襲う、厄介この上ない兵装だったのだから。

「さあ。貴方の想像に任せよう。意外に、槍かも知れんぞ?」

不敵に少女は応える。

その言葉には、あまりに見た目とかけ離れた堂々とした風格が滲み出でいた。

「はっ。抜かせ、セイバー。ま、その様子なら、ヤツは間違いなくアーチャーな訳か」

セイバー。

今、考えが至ったが、ソレは「剣」を意味する言葉。

ならば、彼女は剣士であり、彼らと同様の存在、つまり人知を超えた、何者かなのだろう。

「ヤツ?」

愉しげな表情を浮かべたランサーに少女が問い返す。

「何、こっちの話だ。で、だ。一つ提案なんだが、ここいらで分けにしねーか?」

「ええ。いいでしょう。貴方には借りがある。ここで返しておくのも悪くない」

ランサーの提案をセイバーは承諾した様だが、

「ん……?」

何やら思うところがあるらしく、ランサーは妙な表情を浮かべ、困惑している様だ。

「どうした?貴方が言い出したことだろう?」

「あ、いや。ついさっき似た様なことを言われたもんでな。まあ、気にするな。んで、提案ついでにもう一つ、頼みがある」

「頼み?」

その顔が笑みに変わる。

それは謂わば狂笑。

戦いに餓える生粋の戦士の貌。

その歪んだ口から殺意を載せた言葉が紡がれる。

「次にやる時は、死合おうぜ?」

重い声。

ありきたりな表現をすれば、ドスの利いた声でランサーはシンプルに告げた。

「ええ。全力で来るといい。私も死力を尽くして、貴公に応えよう」

その闘志に、一切の躊躇なく彼女も応え、快諾した。

それはお互いの矜持故の同意なのだろう。

ここに、一つの誓いが成る。

「いいねぇ、楽しいぜ、セイバー。お前と言い、アーチャーと言い、活きの良いヤツが揃ってやがる。次に、会うまで死ぬんじゃねーぞ?」

そう言って、本当に愉快そうに笑い、こちらに背を向けた。

セイバーも構えこそ崩してはいないが、素直に見送るつもりらしい。

「ああ、そうだ。」

塀の上に飛び乗ったランサーが、何か思い出した様に呟き、首だけ回しこちらに目を向けた。

目が合う。

「ボウズ。名は?」

思いがけない問いかけに、士郎は一瞬硬直してしまった。

だが、最後まで舐められたままで終わるのも癪だと、キッと睨み付け毅然と答える。

「士郎だ。衛宮士郎」

そのちっぽけな矜持を理解したのか、ランサーは笑いながら、

「シロウ、か。ま、マスターになったのも何かの縁だ。その嬢ちゃんに目一杯しごいて貰うこった」

そんな台詞を置いて夜空に消えていった。

何というか、間違いなく敵ではあるんだろうが、何故だか憎めない、そんな印象の男だった。

「シロウ」

ぼんやりとランサーの消えた空を見上げていると、いきなり名前を呼ばれた。

「……へ?うあ!?」

視線をそちらに向けると、目前に少女の顔。

思わず、間抜けな声を上げてしまう。

「む。そんなに驚かなくても良いではないですか」

何やら、目の前の少女はむくれている。

だが、士郎にはそんなことを気にする余裕はなかった。

何しろ、掛け値無しの美人が目の前にいるのだ。

実に近い。

非常に近い。

多少、身長差があるとは言え、余りに近すぎる。

確認のしようはないが、顔が真っ赤になっているのを自覚できる。

「……シロウ?少々、お話があるのですが

繰り返される呼びかけ。

流石に、無下にする訳にもいかず、シロウはどうにか応える。

「……う、何さ?」

「はい。改めてですが、私のことはセイバーと呼んで下さい。こちらは、シロウで構いませんね?」

「……あ、ああ」

正直、いきなりの呼び捨てはもの凄く照れくさいのだが、いちいち突っ込んでいては埒があかない。

とにかく、何が起こっているのか把握したかった。

「まず、シロウは聖杯戦争に巻き込まれました。私やランサーのような『サーヴァント』と呼ばれる使い魔を召還し、争う、7人の魔術師、『マスター』による殺し合いです」

「……殺し…合い?」

余りに突飛な発言に一瞬で理解は出来なかったが、辛うじて呟けたオウム返しな問いかけに、セイバーは頷いた。

「ええ。殺し合いです。今は、時間がないので、それだけ理解して下さい。私は貴方のサーヴァント。貴方は私のマスター。言わば一蓮托生の存在です。私は、貴方を守るため全霊を賭します。ですから、貴方は自分が死なない様、身を守ることに専念して下さい。良いですね?」

「あ、ああ」

淡々と矢継ぎ早に続く言葉に、どうにか頷く。

とにかく、彼女は自分の味方で、自分は命の危機にある、それは理解できた。

「では、敵を迎撃してきます。シロウは事が終わるまで、ここで待っているよう、お願いします」

そう言って、彼女は先ほどのランサーと同じように、止めるまもなく塀を跳び越えていった。

「ちょ、待てって!オイ!!」

先ほどと全く同じ状況だった。

だが、そこに不安はない。

彼女の強さは圧倒的だ。

あの小さな体の何処にそんな力があるのかは分からないが、あのランサーさえも容易く退けた。

だから、彼女はきっと負けない。

そんな確信が士郎の胸にはあった。

ならば、何故呼び止めようとしたのか。

負けないのなら、勝って帰ってきてから続きを聞けばいい。

その筈なのに、彼は彼女を止めようとした。

その理由を今の彼は理解できるはずも無かった。





塀を跳び越えたその先に、標的の姿を見留めた。

そこにいたのは記憶通りの赤の主従。

ただ、

「来るか。……セイバー!」

その男が、明らかにこちらの襲撃を予期しており、既に臨戦態勢を整えていたのは予想外だった。

主を後方に退け、その手には鋼の長剣が握られている。

下段に構えたその剣を、こちらの落下に併せ一気に振り上げてくる。

炸裂する金属音。

同時に魔力の光が周囲を照らし出す。

魔力放出と自由落下、加えて渾身の振り下ろしと全力の振り上げの正面からの激突。

それだけの威力をもった聖剣と拮抗してみせるその剣にまず感嘆した。

並の宝具であれば、この接触で欠損してもおかしくないほどの衝撃なのだ。

そして、次にこちらの渾身の一撃に、後手に回りながらも、対抗したそのサーヴァント、アーチャーの剣技に感心する。

「あの時」の様に一撃で切り伏せ主導権を握るつもりだったが、そう容易くはいかないようだ。

(ならば、真っ向から切り伏せる!)

思考を即座に切り替え、接地と同時に次手を放ちそのまま連撃に持ち込む。

弓兵である彼との戦いにおいて最も勝率が高いだろう戦略は、このまま有無を言わさず近距離で押し切ること。

そう判断し実行する。

「はああ!」

再びの轟撃。

アーチャーの体勢をその一撃で崩し、即間合いを詰め更なる追撃を見舞う。

「くっ!」

崩れた体勢でも無理に剣を打ち当て、追撃を寸断するアーチャー。

攻勢にこそ出れているが攻め切れては居ない。

かなりの技量と察するにあまりあるその攻防に認識を改める。

(……不味い。このまま長引けば、対等な状況で接しなければならなくなる)

先手で仕留めようとしたのも、そのまま真っ向から押し切ろうとしたのも、一重に短期決戦で決めるため。

先にアーチャーを戦闘不能にさえしておければ、後に有利にことを運べるから。

そして、短期決戦でなければ、

「止めろ、セイバー!」

いずれこのお人好しなマスターが乱入してきてしまうのは、明らかなのだ。

(やはり、シロウはシロウでしたか)

内心で深い深い溜息をつきながら、セイバーは今後どうすべきかをひたすらに考えることになるのだった。

(まぁ、それでこそ、なのでしょうね)

しかし、それに対してわき上がるのは決して不快な感情ではないことがせめてもの救いだったろう。



ここに、彼女の聖杯戦争は再び幕を開けた。

それは、彼女にとっていかなるものになるのか。

一度目の聖杯戦争は彼女に拭い去れぬ悔恨を刻んだ。

二度目の聖杯戦争で彼女はかけがえの無いものを得た。

そのどちらとも、状況は異なる。

一つの狂った歯車が、生み出したもう一つの狂い。

此度の聖杯戦争は如何なる物語を織り成すのか、如何なる終焉を迎えるのか。

運命の輪は、狂った歯車を内包し、静かに回り始めた。

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