いつもの英雄の夢。

一人の愚かな男を映す、騎士王の夢から覚めた枕元にそれはあった。

それがある事はなんとなく予感はしていた。

そして、その時が近い事も自ずと知れていた。

彼女の夢を見たからこそ、アイツの背中を見てきたからこそ、理解できている。

あの二刀ではなく、錬鉄の剣を振るう意味。

あの二刀ではなく、王者の業を身につけた意味。

だからこそ、俺はその思いに応えようと思う。

その置き手紙は、ただ夢の続きへの道標。

ならば、導き手はこの俺以外に有り得ない。

彼女とアイツを結びつける共通項、衛宮士郎である俺以外には。



第十二話「俺の全てを受け止めてくれ!」



然して、その男は悠然とソコに立っていた。

いつもと違う、赤の外套を纏わぬ姿。

四肢には竜鱗をあしらった籠手と脚鎧。

胸部に獅子のレリーフを刻んだ胸甲。

正真正銘、ただこの一戦のためだけに創り上げた、鈍色の戦装束。

錬鉄の剣を地面に突き刺し、その上に手を重ね、瞳を閉じた男は悠然と立っていた。

「……来たか」

来訪者の気配を察し、その瞳が開かれる。

「ああ、来たぜ」

道標に記されたのは、ただ一言。

『衛宮士郎の始まりの場所に来い』

静まりかえった新都の公園、ある男の終わりの場所であり、衛宮士郎の始まりの場所でもあるこの場所に、二人の男が邂逅した。

「恐らく、これが最後になる。何か話す事があれば聞いてやるぞ」

決意を秘めた、落ち着いた声色は静かに響いた。

「じゃあ、一つだけ」

そこで一拍。

「ありがとう。それだけ伝えたかった」

この戦争でこの男に導かれたことは一度や二度ではない。

与えられた物、伝えてくれた事、その全ては自身の糧となった。

ある意味当然のことではあるのだが、これから先、この男と出会った事は、何よりも大きい財産となるのだろう。

「そうか。……知っての通り、俺はこんな無茶な生き方をして来た。お前もまた別の無茶な生き方をするのだろう。だが、忘れるな。お前の隣には彼女が居てくれる。お前の周りには大切な人達が居る。それを決して忘れるなよ」

ある種の憂い、後悔を秘めた言葉。

誰よりもそれを知っているが故の悔恨の言葉。

だが、その男はその過去を誇っている。

だからこそこの場に立っているのだ。

「ああ、ありがとな、……アーチャー」

その名は敢えて告げない。

告げてはいけない。

これからの闘いの前に、余計な事をしてはいけない。

「……では、始めるか。すまないな」

「ああ。分かってるって」

戦士は左手に創り出した、紫色の歪なナイフを自身に突き刺し、それを確認した少年は左手を掲げて、最後の一画を解き放つ。


――ここに、始まる。


「シロウ!アーチャー!一体、何が!?……え?」

アーチャーの契約の消失と士郎の最後の令呪の使用。

行方の知れないそれぞれの主従を心配していたセイバーと遠坂凜の元に訪れた、最悪の凶報。

既にその身を鎧に包み、臨戦態勢を整え戦場へと現れたセイバーを待ち受けていたのは、予想外に過ぎる光景だった。

無傷の主と、無傷の弓兵。

そこには予想した一切が無く、ただ二人の男だけがただ立っていた。

「……どういう事ですか、シロウ?」

疑問以外何も存在しない。

彼女は剣を構えたまま、そう問う以外に何も出来なかった。

「セイバー、済まない。俺からは何も言えない。俺は謝る事しか出来ない。だけど、今はソイツの願いを聞いてやってくれ」

その主の言葉を受け、もう一人の男へと視線を向けた。

いつもと異なる装束。

さながらその様は正しく剣士とでも言う様な出で立ちの弓兵が視線の先には居る。

「アーチャー?」

その鋭い疑念の視線を真っ向から受け止め、一人の英雄は、

「セイバー。私と戦って貰おうか」

その望みを静かに告げた。

「何故ですか……?」

対照的に彼女は困惑に眉をひそめ、目の前のサーヴァントの思惑を理解できず、彼女は問いかける。

これまで、一時敵対こそしたものの、有効な関係は築けていたし、同盟を解消する様な段階でもない。

彼女らが戦う理由など無いのだ。

「以前君は私に聞いたな。“貴方の望みは?”と。コレが俺の望みだよ。これ以外に、俺の望む物など何一つありはしない」

淡々と言葉が続く。

見る者が見れば、その様は何かを抑えている様にも映っただろう。

「まさか、シロウが令呪を使ったのは……」

「そう。対等な条件で戦うためだ。俺自身の契約はいつでも断ち切ることは出来るが、お前の契約はそうもいかなかった。だから、衛宮士郎に手を貸して貰うしかなかった」

そう。

互いに令呪による援護を絶対に受けない状況。

互いのマスターの力量に何も影響を受けない、純粋にただ互いの能力だけで戦える状況を作るには、契約を断つか令呪を使い切るか、その二択しか有り得ない。

ならばこその、あの道標。

「何故、今なのですか!このタイミングで我々の契約が切れては、ランサーやバーサーカーに太刀打ちできない。それに……っ!」

理解できない戸惑いと理不尽の中、何かを言いかけ彼女は言葉を切る。

だが、それは無意味な躊躇だ。

その男は全てを知っている。

その先に続く、彼女が懸念する敵の名をアーチャーは知っている。

「今だからこそだ。それに、バーサーカーは既に消滅している」

そして、その敵が既に動き出していることも。

「なっ!?」

彼女の口から驚きの声が漏れる。

あの狂戦士が敗れた。

ならばソレの意味するところはただ一つである。

「ランサーが現場に居合わせたらしくてな、幸いにしてイリヤだけは無事な様だ。だが、奴が動き出した以上、この戦争の終焉も近い。奴との衝突も避けられないだろう。ならば、互いに無傷であり、万全に近い状態である今こそが、最後の機会ではないか?」

つらつらと語られる言葉には不自然なまでに闘志以外の感情がこもらない。

直ぐにでも真実を告げたい。

今すぐに彼女に触れたい。

そんな、思いを全て抑えて、アーチャーは一人の剣士として彼女と向かい合っている。

「貴方は、一体……」

あのイレギュラーに驚くどころか、当然の如くそれを受け入れ、認識しているその男に、セイバーは呆然と呟く。

「……何者でもない。誉れ高き騎士の王に、最強の騎士に決闘を申し込んでいる、ただの一人の剣士だ」

何ら躊躇の無い、絶対の闘志を乗せたただ一言の宣言。

それっきり、静寂が場を支配する。

「……分かりました。ただし、全力で直ぐに終わらせます。」

セイバーの声が低く変わる。

眼前の男の闘志が最早揺るがぬ物であることを理解したのだろう。

ならば成すべきことはただ一つと、彼女の全身から迸る覇気が語っている。

「はっ。随分と舐められたもんだ」

その言葉にニッと笑みを浮かべると共に、何処か楽しげな声で応えるアーチャー。

「……だが、礼を言おう。この時を、待ち続けていたんだろうな。ずっと……」

その言葉と共に、錬鉄の剣を、厳かに引き抜き、ゆるりと構えを取った。


――ここに、始まる。その男の全てを賭した最後の闘いが。


対峙する二人の剣士。

距離は互いの間合いが重なる一歩外。

せめぎ合う気迫と気迫。

互いが先の先を取るべく牽制し合う。

張り詰めた空気は、微塵も緩まず、ただただ、時が過ぎていく。

そんな中、ふとアーチャーが笑み浮かべた。

この闘いに、この相手を前に待つなど無粋だと告げる笑み。

そして、次の瞬間。

火蓋は切って落とされた。

「おおおおお!!」

一足で間合いをゼロに詰めるアーチャー。

振り上げた剣を、最短で、真っ直ぐに、振り下ろす。

この相手への初手に策略など無用。

ただただ己が持つ全力の一撃を叩き付けるのみ。

真っ向からの振り上げでそれを受け止めるセイバー。

鳴り響く轟音。

接触の刹那に炸裂する魔力と合いまった絶大なる威力が全力の振り下ろしを弾き返す。

「はあああああ!!」

すかさず襲う追撃。

横凪の一撃。

またしても剣と剣のぶつかり合う轟音。

それを受けきれずアーチャーの体が泳ぐ。

「ぐっ!」

間髪入れず更なる追撃。

炸裂する魔力が火花を散らし、巻き起こる剣風は正しく暴風。

連続する金属音。

一方的にセイバーが攻め続けるその様はいつかの夜の再現。

だが、

「舐めるな!」

一際甲高い金属音。

セイバーの斬撃を正面から弾き返し、アーチャーが吠える。

返しの振り下ろしは聖剣に阻まれ、拮抗する。

つばぜり合いの最中、刀身に絶え間なく閃く魔力の光が周囲を照らす。

「……っ。やりますね」

渾身の力を両腕に込め、その剣を押し返しつつ、セイバーは呟く。

瞬間、アーチャーが変わった。

「……まだだ。この程度で、俺を、測れると思うなぁっ!!」

咆吼。

強引に、力づくで剣を弾かれる。

その気迫に、僅かにセイバーは気圧され、続く斬撃も受けに回る。

真っ直ぐに、振り抜かれる強烈な斬撃。

その命を賭すかの様な鮮烈な、苛烈なまでの斬撃。

まるで、違った。

彼に抱いていたイメージ。

その全てを根底から覆す様な、覇気、闘気、剣気。

セイバーは悟る。

己の過ちを。

己の侮りを。

この相手は、決して容易い相手では無いと分かっていた。

だが、その時点で間違いだった。

この相手は容易い相手では「無い」、のではなく、全力を賭さなければ勝つことの叶わぬ剣士。

己の全てを賭けることを前提にしなければ、勝ちに届かぬ相手なのだ。

だから、

「ああああああああああああ!!」

膨大な魔力を炸裂させアーチャーをはじき飛ばし、強引に距離をとる。

「……っ!」

魔力と引き替えに作った一瞬の間に、セイバーは大きく息をつき、改めて剣を、否、心を構え直す。

「ようやく、来るか……」

その変化を感じ取ったのだろう。

アーチャーは不敵に笑いながら、同じく剣を構え直す。

奇しくもその構えはセイバーのものと同一。

「行くぞ」

その闘気にただ短く、そう応える。

ここからが、本当の勝負。

静止は一瞬。

両者が同時に飛び出す。

互いに剣を振り上げ、上段から一撃。

轟音が周囲に響き、衝撃が木々を揺らす。

正面からぶつかり合った二振りの剣は、共に欠けることはなく、錬鉄と不可視の剣は互角に鎬を削る。

「っらぁ!」

弾き、更なる斬撃。

またしても、互角。

ぶつかりあう剣が奏でる金属音と共に、撃ち合いは更に加速する。

加速。加速。加速。加速。

剣風の壁、魔力の奔流、絶え間ない火花、閃く魔光。

数十を重ねる斬撃の果てに戦況はセイバーの有利に傾く。

だが、それでも戦局は決して動きはしない。

微かな違和感を彼女は抱く。

その剣筋を全て読まれているかの様な、そんな感覚。

確かにこちらが攻めている。

だが、攻めきれない。

いつぞやの夜ともまた違う状況。

こちらは全力なのだ。

一切の容赦も、手心も無い。

全ての攻め手が勝利への布石。

常に必殺を期した一撃。

にもかかわらず、この男を一向に切り倒せない。

「はぁ!」

剛の一撃でアーチャーの体勢を崩す。

続け様に、フェイントからの逆薙ぎ。

更に、下段から剣を振り上げ、そのまま振り下ろす。

その全段が防ぎきられたのを確認し、そのまま全力で振り抜く。

「……っ!!」

だが、その一撃すらも流され、反撃の剛剣を受け、再びの鍔迫り合い。

先ほどからこの有様だ。

どれほど裏をかこうとも、裏の裏を期して放つ連撃も、そのことごとくを受けきられ、確実な反撃に流れを寸断される。

こちらの直感すら凌駕する、その機械じみた正確さに薄ら寒さすら覚える。

こちらの攻め手を全て把握し、全てをこの苛烈な死闘の最中に読み切り、その受け手を寸分の狂いもなく実行する。

どれほどの人間に、これほどのレベルの戦闘が可能だというのか。

全くの互角の剣撃の嵐。

余分な思考一つ挟めば、刹那の間に決着が付くであろう極限の剣舞。

その中にあって一つの異質にセイバーは気が付いた。

絶え間ない斬撃の合間に、彼女は見た。

歪んだその貌を。

張り付いた表情は笑み。

浮かぶ感情は愉悦。

滲み出るは狂気。

怖気が奔った。

「……っ!ああああああ!!」

再びの魔力解放。

間合いが大きく開く。

僅かな空白にセイバーは、その怖気を吐露した。

「あなたへの認識を改めねばなりませんね。まさか、闘いに愉悦を見出す様な人間だったとは」




「あなたへの認識を改めねばなりませんね。まさか、闘いに愉悦を見出す様な人間だったとは」

その言葉に、彼の思考が一瞬停止する。

この死闘の最中に、一体何を言い出すのだ、と。

そして、気付く。

自身の口角が上がっていること、つまり貌が笑みを形作っている事に。

自身の鼓動が猛り狂っていること、つまり限りなくこの戦闘に昂ぶっている事に。

「笑っていたか……。成る程。どんな感情を抱くか、想像も付かなかったが、まさか喜楽だなんてな。だが、確かにこの感情は、この衝動は悦び以外の何物でもない」

言葉に出してみて改めて実感する。

彼女と互角に打ち合えていると言う事実を。

全力の彼女と闘っているという事実を。

彼女が、この俺と、俺なんかと、全力で闘っている事実を。

それが、更に彼を猛らせる。

「は……はは、はは……はーーーーはっはっははっははっ!!!」

哄笑。

ソレが偽らざる本心。

そうだ。

コレは愉悦。

その衝動の抱える矛盾すら理解しつつ、彼は尚も猛り狂う。

「まだだぞ、セイバー!まだ、始まったばかりだ!」

駆ける。

上段に振り上げた剣。

ソレをただ真っ直ぐに振り下ろす。

当然、そんなものが通る道理は無い。

だが、それで良い。

そうでなくてはならない。

何故ならそれが彼の目指した剣。

「っだっらぁ!!」

真っ向から全てを切り拓く、王者の剣。

才無き者の一切の小細工を無に帰す、才能と努力、信念に裏打ちされた無敵の剣。

強き王、気高き剣、誉れ高き騎士王、彼女にこそ許された無双の剣。

それは遙か遠き至高の頂。

その領域に至るなど無才たるこの身では夢のまた夢だった。

そう、それは彼の理想に似ていた。

決して届かぬ、決して叶わぬ理想。

それが彼の理想。

常人であるならば、見限るであろうその理想を彼は捨てられなかった。

死の間際まで彼は正義の味方で在り続け、多くの命を守り、多くの笑顔を作り、多くの悲劇を殺し尽くした。

その過程は、辛酸を極め、艱難に満ちあふれ、多くの悲劇と惨劇を孕む、さながら地獄のような道のりだっただろう。

だが、それでも彼は歩みを止めなかった。

止められなかった。

どれほどの地獄であろうと、一つの命を守る度、一つの笑顔を作る度、一つの悲劇を止める度に、僅かでもその理想に近づけるのだと信じて、彼は地獄の歩みを続けた。

その異常な在り方こそが、彼が英雄たる所以。

滅私の英雄。

限りなく人として異常な歪な有様、それこそが彼を純粋に英霊の座まで押し上げたのだ。

いつしか呼ばれるようになった、「正義の味方」の名と共に。


なればこそ、彼はその研鑽を止めなかったのだろう。

同様に果てしなき遠き道のり。

決して届かぬだろう遙か遠き理想。

それを知りながら、あるいは理解しながら、彼は目指し続けた。

彼の根源たる理想と同じく、彼の心に、魂に焼き付いたその強き姿を。

その王者の剣を。

その星造の剣を。

自身の才の無さ、その遠さ、幾度となく壁にぶち当たり、絶望と挫折を味わい尽くし、それでも屈することはなかった。

その度に自身の心技体を磨き直し、あらゆる可能性を探し続け、狂気にも似た修練と覚悟を持って全ての壁を真っ向から切り開いてきたのだ。

その結実こそがこの戦闘。

飽くなき闘争と、果て無き研鑽の果てに至った領域。

それこそが、今彼女との互角の戦闘を可能にしている。


「はあああああっ!」


切り上げ。

逆薙ぎ。

袈裟切り。

次いでフェイントからの連斬。

苛烈なる剣の壁。

確かにその強さは想像以上。

あの頃に見た彼女の姿、そこから類推したソレよりも遙かに強い。

こちらの攻め手の全てを捌き、更に上回る反撃を絶え間なく見舞ってくる。

重く、速く、鋭く。

だが、ソレは想定以上ではない。

彼女ならば、あの騎士王ならば、これだけの強さであっても何ら不思議はない。

むしろこの強さであってくれて感謝すら覚えていた。

この内の全てを駆使し、ソレでようやく打ち合える。

その程度であったならばつまらない。

その切っ先に万象を賭し、己の何もかもをその一瞬に集め、それでも尚足りず、自身の限界さえも超えた、越えたその先の領域。

魔力の消耗すら厭わず全身に強化を施し、分割思考に一切の余剰を残さず、全てを戦術の構築に費やし、体に刻み込んだあらゆる戦闘の記憶を呼び覚まし、それでようやく釣り合えるその強さ。

ソレこそが、彼が目指した、全て遠き理想。


「うおおおおおおおっ!」


全てを真っ向から切り返す。

全ての攻め手は既に見た物に過ぎない。

毎夜の如くに繰り返した、武具の記憶の自己への投影と戦術思考の訓練。

未だ見ぬ攻め手などもはや彼の内にはない。

高速思考で彼女の直感を上回り、限界の、あるいは限界を超えた受け手、攻め手を構築あるいは再生、強化によって体にその無理を押し通し、並列的にフィードバック。

この闘いが始まったその時より、一切の間断無くその作業を続けている。

そうやって、僅かずつ、僅かずつ、差を埋めていく。

届かぬ隙間を埋めていく。


「甘いっ!」


それでも、一手、彼女が先んじる。

乱舞の締めの横薙ぎを流され、返しの振り落としが頬掠めた。

この戦闘の開始から、互いを通し初めての負傷。

流れる血を一切思考に入れず、あの一撃に対応し、即座に此方の受けを上回る斬撃を返された、その事実をのみ受け止め、尚も高き領域での攻防を自身に強いる。

既に限界は近い。

自身の上限はとうに越えている。

だが、それでもなお、彼は止まらない。

何が彼を突き動かすのか。


強くなる、戦うための力を得るためならば、理想を追うためだけならば、他にもっと効率の良い道があった。

剣製を極めれば良かった。

あの二刀を極めれば良かった。

弓を極めれば良かった。

父の様に、重火器に頼れば良かった。

にもかかわらず、彼は剣を執った。

黄金の剣を。

決して自身にそぐうわけではない、その剣をもって彼は戦にその身を投じた。

その剣と共に、戦乱を駆けた。

何故、そんな不条理を選択したか。

今なら分かる。

自身の気持ちを心から理解できる。

彼女こそ、彼女の強さこそ、彼女の在り方こそが、もう一つの目指すべき理想だったのだ。


「まだだっ!」


その攻めの最後の一手を袈裟切りだと見切り、聖剣を受け止めると同時に体を流す。

一切の狂いを許さぬ紙一重の刹那の見切り。

そんな無茶な戦略に、心も体も技も全てがついてきてくれる。

そして、その絶技の見返りは絶好の好機。

剣はその流れの中で既に次手の振り上げに移り、敵は剣を振り抜ききっていない。

無防備なその右半身に、頭上から全速の一撃を振り落とす。

だが、その攻めもまた凌駕された。

振り下ろした姿勢を崩し、一足の間合いにある敵を改めて正視する。

あの刹那。

こちらの次手すら視認せず、咄嗟に脚部に魔力を炸裂させ、強引に間合いを引き離したのだ。


「あれも、届かないか」

「この程度では、届いたとは言わないのですね」


右頬から流れる血を手甲で拭いながら、セイバーが応える。

先の一撃、あの絶好の状況で放った一撃すら頬を掠め、浅く傷を付ける程度。

その底知れ無さに改めて総身が震えた。


「だが、コレでそちらにも一撃だ」

「ええ。確かに」


瞬間、脳裏に記憶がフラッシュバックする。

槍兵の一撃、狂戦士の一撃、英雄王の一撃。

傷付き血濡れの少女の姿。

あれ程守りたかった彼女を傷つけているというのに心が躍る。

あれ程見たくなかった彼女の血が己を滾らせる。

その矛盾すらも飲み込む圧倒的な歓喜が、なお彼に闘争を叫ぶ。

「ならば、更なる傷を貴方に刻み込む。ただソレだけだ」

闘志を更に滾らせるセイバーに応えて、アーチャーは凄絶な笑みを浮かべ、

「ああ……それで良い。……セイバー、全てを!俺の全てを受け止めてくれ!」

魂からの咆吼を載せ、なお苛烈な斬撃を繰り出していく。


――闘いは果て無き終局に向けてなお加速していく。






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