狂いの結果は停滞。
首元に刃を突きつけられた魔術師は動けず。
手負いの騎兵は動かぬ故に死なず。
故に、剣士は動かず。
暗殺者は泡沫の如く散り去り、狂戦士は盤外から傍観する。
盤上に他に動く駒は存在しない。
ならば、この出会いは必然か。
ここに形と時を変え、弓と槍、青赤の戦いが開幕する。
八話「続きを見せろよ、あん時の続きをよぉ!」
「よう。出会っちまったな」
声色から、抑えきれぬ喜色が感じ取れる。
その表情もまた戦士としての悦びに満ちていた。
「ああ。出会ってしまったな」
戦力が二つあり、目立って戦場に動きがないのなら、一箇所に留めておく理由は無い。
ならば、と下手に動いたのが不味かったか、最も会いたくない相手と出会ってしまった。
だが、不幸と迂闊さを嘆いている暇など無い。
「とりあえず、場所を変えようか。新都の公園と言えば分かるかね?」
この男と出会った以上やることは一つしかないことは分かりきっている。
いくら深夜とは言え、この街のど真ん中で戦闘など出来はしない。
「あ?あそこはやめとこうぜ。嫌な臭いがするだろ、あそこ」
「ふむ。あそこ程、私達の戦いにちょうど良いスペースは無いと思ったが……」
となると、どうするか。
波止場にでも行こうと提案しようとしたが、予想外の答えが返る。
「教会の前で良いだろ。あそこならこの時間は糞神父くらいしかいねぇよ」
「いや、あそこには、……まぁ、別に構わないか」
どうやら、金ピカの存在については知らないらしい。
そう言えば、流石に記憶は薄いが、あの時もそうだった覚えがある。
ならば、今あの場に英雄王が居るわけでも無いだろうから問題は無いはずだ。
まぁ、件の糞神父への意趣返しもあるのだろうが。
「よっしゃ、決まりだ。さっさと行こうぜ」
戦場と選ばれた教会まで、サーヴァントの足ならば数分と掛からない。
ある程度の間合いを置いて、広場にて対峙する青赤の戦士。
奇しくも、その構図は我々が知る物と同じ。
違いを挙げるのならば、互いに敵意ではなく闘志で対峙している事。
「さて、と。始める前に二つ言っておくことがある」
手元に呼び出した真紅の槍を肩に担ぎながら、槍兵はそう語り出す。
「前回やりあった時は、手加減してたがな、今回は何の枷もねぇ。端ッから全力で行くからそのつもりでな」
「了解した。こちらもそのつもりで受けて立とう」
本気のランサーを見るのは初めて。
ならばこの内に在る全ての使い手の最速を越えると考えて間違い在るまい。
「んで、もう一つ」
そこで、一拍。
「あの侍を殺ったのは、てめぇか?」
怒気か、殺気か、込められた感情以上の何かを載せ放たれる言葉。
だが、今はそれすらも心地良いと感じ、受け流す事が出来る。
そして、その言葉で思い出す。
あの男に最期に託された言葉を。
「ああ。槍の益荒男に先に逝ってすまぬと伝えてくれ、だそうだ」
「……そうかい。ちっと残念だな」
がっくりと肩を落とすその様はちっと所ではない程に落胆している様に見えるが、
「ソレは済まないことをしたな、ランサー」
些かも衰えぬ覇気がソレを否定し、
「なに、それが戦ってもんさ。それに、てめぇは此処にいる。そうだろ、アーチャー?」
何よりも、不敵に笑うその貌が、その思考を如実に物語る。
「ああ、違いない」
今なら、その思考も理解できる。
つまりは、
「では、やるか」
「おう、やろうぜ」
目の前の男とやれればソレで良い、という極々単純、そして純粋な戦闘衝動に他ならない。
ならばそれに応えねばなるまい。
サーヴァントとして。
戦士として。
一人の男として。
瞳を閉じ、己の内を探る。
最速の槍兵。
ソレに対抗するための答えなど元より一つしかない。
自身では届かぬ速さに対抗するには手数。
手数ならば、一つより二つ。
そして、この極上の相手に余分を挟む余裕など無い。
つまりは、あの陰陽の双刀以外に有り得ない。
「へぇ。今度の獲物はソイツかい」
愉しげに、されど、どこまでも凶悪に笑みを浮かべる姿はどこまでも猛々しく、「武」の英雄たる所以をまざまざと見せつける。
「ああ。さぁ、始めようか」
構えるは赤の槍。
構えるは両の剣。
ただ天空の月のみを観客とし、戦士は対峙する。
静寂は果てしなく、ただただ闘志の競り合いが場を支配する。
鬩ぎ合う闘志。
突きつけ会う殺気。
常人ならば、立ち会うだけで卒倒する程の濃密な戦場。
そして、
「へっ!待ちは性じゃねぇな、やっぱりよっ!」
その均衡を打ち破り駆けるは青。
煌めくは真紅。
閃くは白。
結果は轟音と静寂。
「餓えた獣もかくやと言ったところか、猛犬よ?」
此度の静寂を打ち破るは、神速の穂先を白銀で打ち払い、平然と問うた弓兵。
「スカした顔してんじゃねぇよ、色黒」
クロスレンジでの意味のない軽口。
この最初の接触は単なる挨拶代わり。
ただただ一撃の純粋な速さを求めた、それ以外に何も無い突きをもっての品定め。
自分が全力を出すに値するか、どうか。
ただソレを見定めるための一撃。
互いにソレを理解するが故に、この攻防から続く流れなどない。
「まぁ、最初くらいは余裕を見せさせてくれ。どうせ、すぐに死闘になる」
「そうなれば、良いけどな」
「ふっ。してみせるさ」
「良いねぇ。じゃ、本番だ」
ニッと笑いランサーは跳び下がり、間合いを開き直す。
歓喜の表情の意味など語る必要もないだろう。
槍の間合いの一歩外。
一拍の呼吸を挟み、死闘がここに始まる。
「おおっらぁ!」
弛むことなく繰り出される神速の切っ先。
「はああああっ!」
交互に閃く黒と白の刃金。
本来なら絶えることなく奏でられるはずの金属音の狂奏は、さながらシックス・オン・ワンの如くただ一度響くのみ。
一瞬で十度の攻防を重ね、一度の静寂。
十乗の残響のみが響く広場で、
「流石に、速いな」
「まずは、その涼しい顔を歪ませるとこから、か」
常軌を逸する攻防を演じた両者は共に平然と構えを取ったまま。
まだまだ互いに底など一切見せてはいないことは明らかだ。
「さて、見合っていても仕方ない。リーチに勝るのは君だ。臆することなく攻めてくるが良い」
「おうよ。だが、そう簡単に後の先を獲れると思うなよ?」
互いの力量を改めて認識し、攻防は尚も加速する。
さて、「弓兵の陰陽の太刀による槍兵との攻防」の結末など、本来は今更語るほどのモノでもない。
弓兵の双剣は槍兵の槍に劣る。
幾多の戦闘を経て手に入れた戦術眼をもって、辛うじて双剣は槍に「拮抗」できる程度。
その厳然たる事実は、どれ程物語の骨子が歪もうと変わりはしないハズだ。
アーチャーが「衛宮士郎」である以上、それは決して変わらない。
なぜならば、あのエミヤの揮った双刀こそが、「衛宮士郎」にとって最高の双刀の技に他ならないからだ。
ならば、弓兵が選ぶ道はただ一つ。
だが、此度の結末はその解から大きく外れることとなる。
果てしない数の攻防を経て、ふと嵐の様な連撃が止んだ。
「む?どうした?攻めてこないのかね?」
挑発も兼ねたアーチャーの問い。
無数の傷を赤の外套に刻まれてはいるが、その立ち姿にはまだ余裕を残している。
「全力で来る気がないってんなら、宝具で終わらすぜ?」
ソレに答える殺意に混じる明らかな怒気。
「心外だな。前回とは違って私は本気だが?」
そうとも。
彼は本気だ。
持ちうる最適の武器、戦術で神速の獣に対抗している。
「衛宮士郎」にとってコレが最適なのだ。
「ああ、確かにてめぇは本気だ。本気で俺の攻撃を捌いてる。本来の獲物でもねぇのに、そこまでやれるのは賞賛に値する。だがよ、そんなぬるい剣技であの侍を獲れるハズがねぇ」
確信を宿すその言葉。
確かに、アサシン、佐々木小次郎を斬ったのは干将莫耶では無い。
だが、この二刀による剣舞が「衛宮士郎」にとって最適の剣技だと言うこともまた厳然たる事実である。
「温い」などと評されるのは些か気に障る。
「ふむ、何故本来の獲物ではないと?」
「その二刀は軽い。妙に馴染んじゃ居るがどれだけ槍を合わせても血反吐の臭いがしねぇ。汗が染みこんでねぇ。執念が伝わらねぇ。あの時の剣ほどの重さがねぇんだよ」
語られるは戦士の理論。
古今東西において、共通認識として存在する、ひとつの信仰じみた理念。
「俺がやりてぇのはそんな軽い技じゃない。血反吐を吐く程に鍛錬を積み上げ、幾条の汗の上に練り上げられ、磨き上げられた業だ。だからよ、」
成程、ならば確かに、彼が戦いたいと思う業はコレではない。
この技は「衛宮士郎+剣術」と言う方程式の最適解にすぎない。
自分という剣士にとっての「業」を、望むというのならば、彼が望むのは、
「続きを見せろよ、あん時の続きをよぉ!」
あの剣と共に戦う業に他ならない。
響き渡るその咆吼。
それは切なる願いか、純粋な望みか。
「そうか、私の剣にはソレだけの価値があるか」
胸に沸き起こる感慨。
ある種の承認欲求を満たす、歴戦の闘士からのオーダー。
それが彼を突き動かす。
「まずは謝罪を。済まぬな、ランサー。私はどうやら自身を過小評価しがちらしい。君にそこまで評価されているとは思いもしなかった」
その身に剣の才など無いことは誰よりも分かっている。
生きた時代は「剣の時代」では無かった。
身近にあの時代においての「剣」を身につけた物こそ居たが、それは道を説く物に他ならず、術とは本質を異にする。
故に他者からの真っ当な評価など無く、自身にとって基準となるのは、騎士王の剣、すなわち最強の剣。
その、遥か遠き理想とも言うべき、完成された物をただ基準としたが故の「自信」の欠如。
それこそが、かつて侍の語った「欠けているもの」。
今、それは2人の戦士によって彼の剣に「欠けていたもの」となろうとしている。
あの侍との死闘は、彼の心に変化をもたらし、その奥底の望みを表層へと持ち上げた。
この槍兵の言葉は、彼に不可思議な充足感を与え、体に力を滾らせる。
「だから、その君の賞賛に答えることにしよう」
応えぬ理由など、どこにあるというのか。
もはや不要である二刀をかき消し、
「投影開始」
手には錬鉄を。
だらりとした構えを変え、彼本来の構えへと。
ソレに合わせ、醸す気配すら変質する。
戦士から剣士へと自己を変革し、剣士は告げる。
「ここからは、掛け値無しの「全力」だ」
「へっ。それでいいんだよ、バカヤロウが」
「ああ、済まないな」
ニッと互いに笑いあう。
此処に戦闘は更なる高みへと。
此度先手を取るは赤。
「おおおおおおおっ!」
上段、真っ向からの、一閃。
閃くは鈍と真紅。
結果は轟音と静寂の焼き直し。
「やれば、できるじゃねぇか」
「果たしてお眼鏡に適ったかな?」
錬鉄の剣と真紅の槍が拮抗し、ギリギリと両の腕が軋みを上げる最中の軽口。
それ自体は単なる意地、先刻のやり取りを再現し劣らぬことを示すと言うだけの意地。
何にせよ、これで舞台はここに整った。
「ああ、上等だ。じゃ、存分に、やろう、ぜぇえええ!」
膨れ上がる二の腕。
槍が剣を弾き返し、真紅の軌跡を中空に描く。
そのまま互いに一歩後退り、間合いを空け再びの対峙。
互いに全力を尽くしぶつかり合う。
あとはただそれだけ。
もはや言葉など要らない。
ただ一言。
「行くぞ」
「ああ、来いや」
口火を切るその一言のみ。
「おおおおお!」
「でりゃああ!」
先刻とはまるで違う、攻防が入れ替わり立ち替わる苛烈なる死闘。
槍と剣のリーチの差を剛剣による崩しと戦略で埋め、力と戦術眼の差を速さで埋め、青赤の死闘は果てしなく加速する。
二刀による手数で対抗する事が出来ない以上、攻めを持って受けと為す以外の手段は無い。
矛先の誘導によって避けるのではなく、如何に効率的に斬撃を繰り出し、攻撃そのものを放たせないか。
そうシフトした思考を、体は確実に実行し、剣士は想像以上の戦果に身を振るわせる。
あの槍兵と互角の攻防を演じる。
それが、どれだけ、彼にとって「遠い」ものだったかなど考えるまでもない。
あの時、最初に目撃した青赤の攻防。
自身を襲い、彼女を貫いた赤の槍。
暴虐の権化の様な、鈍色の巨人。
幻想の獣と共に天を駆けた蛇。
数多の眷属とともに紙一重で彼女を追い詰めた魔女。
そして、圧倒的なまでの強さと傲岸さを持つ黄金の英雄王。
彼らのいる領域、それに真っ向から足を踏み入れていると言う実感。
弓でもなく、双刀でもなく、あの錬鉄の剣による業で。
攻防は互角のまま果てしなく連なり、頻度こそ先刻の双刀の攻防よりは落ちるものの、金属音の協奏は耐えることなく力強く響き続ける。
どれ程の時をそうして過ごしたか。
互いに幾ばくかの傷を負ったころに、
「ちっ、まだまだ続けてぇが、夜も明けるな」
一歩退いた槍兵が渋面とともにそう告げる。
その言葉で、ようやく、空が白んできていることに気付いた。
それ程までに、槍兵との戦いに没頭していたという事実に、彼自身驚愕する。
「……そうだな。さて、どうする」
「ああ、どうしたもんか」
これだけの間互角の攻防を演じ続けて来たのだ。
今更倒そうと思ったからと、すぐに倒せる物でもないことは理解できていないわけがない。
だが、これは聖杯戦争。
そして、彼らはサーヴァント。
つまりは、
「このままうやむやになるくらいなら、一発で派手に決めるか」
「ああ。そうするとしようか」
宝具と言う切り札が彼らにはあるのだ。
互いに、決着をつけるべく、構えを改めようとしたその矢先、そこでふと、槍兵が何か思い出した様な様子で、語り出した。
「ああ、そう言えば。なんだったか、「君の槍では私の守りは貫けない」だったか?」
この物語において語られざる戦いで、弓兵の発した言葉。
あの日、あの時、校庭での戦い。
つまり、衛宮士郎が殺される直前のやり取りを思い出したのだろう。
「ああ。正確には、「君如きに私の守りは貫けはせんだろうがな」だな。それがどうかしたか?……いや、ソレで、決めるとしようか」
言わんとしている事を理解し、赤の剣士はソレを了承した。
以前の自身の挑発がこんなところで生きてくるとは思いもしなかった。
正に理想的な展開と言っていい。
「ああ。それが良いな。ただ、」
膨れあがる殺気。
「あの時とは違うぜ?」
「知っているさ。その槍の「本来の一撃」を撃ってくるのだろう?」
因果を操る魔槍ゲイボルク。
かつて彼自身が語った様に、その本領はあくまでも投擲にある。
「ったく、てめぇはつくづくワケのわからねぇ野郎だ」
全てを見透かされて、思わず悪態をつくランサー。
気持ちも分からなくはない。
「さて、では、決着の前に一つ」
先のやり取りから考えれば、決着の判定は一つ。
彼の守りを貫けるか否か。
あるいは、彼が守り抜けるか否か。
「君如きに私の守りは貫けはせんよ。今回は私が勝たせて貰う」
「へッ。……よくぞ、吠えた。アーチャー」
そうして、槍兵の全てが変わる。
その一撃に全てを賭けるべく、体と意識と、そして業を。
「このクー=フーリン、最大の一撃、てめぇにくれてやる!」
大きなバックステップで、その一撃を最高の状態で放つ最適な間合いを一瞬で生み出す。
姿勢は低く、撓んだ膝に力を溜め、槍兵はひたすらに自己を高めていく。
対照的に、弓兵はその場を動かず、ただ左手を突き出し、時を待つ。
「……その心臓、貰い受ける!」
神速。
そう形容するしかない、踏み込みからのゼロから頂点への急加速。
トップスピードから一気に踏み切り中空へと飛翔。
下半身と上半身を逆に捻り、弓なりに体をしならせ、振りかぶる。
標的を斜め下に見据え、左手を標的へと突き出し、
「突き穿つ死翔の槍!」
その左手を体へと引き付け、運動連鎖によって、一切の無駄なく連動、集約される力。
言霊とともに極死の槍は放たれた。
赤の穂先は音速をゆうに越え、音を置き去りにソニックブームと共に、虚空を切り裂く真紅の流星となり、標的へと、否、標的の心臓へと突き進む。
その完璧な一撃に勝利を確信し、槍兵は、着地と共に有り得ない光景を見た。
「おいおい、マジかよ……」
全力かつ完璧な一撃。
必勝の意思と共に放った真紅の槍が、翳された左手の直前で止まっている。
標的を覆うは光壁。
自身の一撃を放つために無心になったせいで、敵が何をしたのかを見落としていたが、先刻の言葉通り、確かに奴の守りは自身の槍を凌いでいる。
ゲイボルクは標的に対して「必中」の槍である。
「当たる」という因果を先に付加してから放つ事が出来る魔槍。
それがゲイボルクなのだ。
例え、相手がどんな手段を用いようと、ゲイボルクは当たる。
しかも、今回は、最大限の一撃。
どれ程の守りであろうと、確実に打ち貫くという威力を、因果に上乗せした一撃。
だというのに、その魔槍は当たるどころか、相手の守りすら貫けずに居る。
そうして、光壁に押しとどめられ槍は地に落ちた。
如何に「当たる」魔槍と言えども、推進力を失っては、「当たる」ことなど出来ない。
決着はここに決した。
「てめぇ、何をした?」
「さてね。だが、危なかった。この宝具でなければ、君の一撃は防ぎきれなかった。想像以上だったよ、クー=フーリン」
「アレだけの剣術とゲイボルクを防ぐ守りの宝具。ホントに何者だよ、お前」
賞賛と呆れ混じりのその言葉。
決着が付いた以上、現状では敵意など微塵もない。
「それは秘密さ。ほら、返すぞ」
足下に転がった槍を拾い上げ、放り投げるアーチャー。
ソレを受け取り、
「ったく、ホントにワケのわからねぇ野郎だ」
清々しさとともに笑みを浮かべるランサー。
勝負には負けたというのに、満足そうではある。
「さて、私は帰るとしよう。君はどうする、ランサー?」
「途中まで付き合うぜ。酒でも飲んで少し話そうや」
「む」
確かに空は白んできたが、まだ夜明けと言うには多少早い。
少し話す程度の時間はあるだろう。
コンビニにでも寄ればこの時間でも、質はともかく酒は手に入る。
「良いだろう。君の様な男と話すのも愉しそうだ」
内心では、その剛胆さに舌を巻きながらも、満更ではない様子で返すアーチャー。
「よっしゃ、決まりだ。他の時代の英雄ってのと話す機会なんて普通はねぇからな」
戦士は二人。
先ほどまで死闘を演じていたのが丸で嘘であったかの様に、否、先ほどまで死闘を演じていたが故に、互いに理解し合ったのだろう。
肩を抱かんがばかりに、わいわいと話し、坂を下りる。
ただ、荒れ果てた、教会前の広場だけが、戦いの痕跡を残し、抜けるかの様な清々しさと共に戦士達は去っていった。
こうして、青赤の戦いは此処に幕を下ろす。
結末は変わらず、過程のみを変えたその戦いの持つ意味は大きい。
戦いは狂いを尚いっそう狂わせ、結末を此処に確定させる。
そうして、停滞していた物語は、この戦いを呼び水として動き出す。