「彼」は答えを得た。

始めから答えはソコにあった。

そう、その道を進んだ事に間違いなど無かったのだ。

ならば、これからどれ程の地獄が待ち受けていようと、歩んでいける。

もしも、その答えが「与えられた」モノであったのならば、彼は何度でもその選択を繰り返しただろう。

決して救われぬ、無間の自分殺しと言う選択を。

守護者とは本来、変化しないモノなのだから、「与えられた」答えなど、座に戻れば無に帰する無意味なモノに他ならない。

だが、その答えはその胸の内にある。

無限の地獄の果てに、絶望に堕ちる事はあるだろう。

失望に道を見失う事もあるだろう。

絶えられぬ苦痛に擦り切れ摩耗し、壊れることもあるだろう。

それでも、立ち返ればいつでも立ち戻れるハズだ。

答えは自身の胸の奥にあるのだから。


――オレも、これから頑張っていくから。


その言葉もきっと忘れてしまうだろう。

だが、それでもその意味を忘れる事はない。

その時の思いを忘れる事はない。

ならば、過つことなく答えと共に戦い続けよう。

その先に、全て遠き理想があると信じて。


プロローグ「『世界』の選択」


そうして、どれ程の時が経っただろうか。

厳密には、彼にとって時間の概念は意味を持たない。

過去も未来も現在も、時の流れに位置するものは彼にとって全て同一。

ただ便宜上、今、この時を概念上の「現在」と定義しよう。

現在は、あの笑顔の別れから果てしない時を経た未来。

本来であれば、英霊、守護者と呼ばれるモノは、座に存在を固定された不変の存在である。

例えば、かの戦争に呼び出される英雄たちにその戦争の記憶は残らない。

失意の果てに死した槍兵も、新たな夢を見た騎兵も、愛に生きた魔術師も、主のために戦い抜いた狂戦士も。

再び呼び出されるその時には、その全てを忘れ、かつて呼び出されたままの姿、記憶で、戦場に立つ事になる。

だが、それでも我々の知る守護者は摩耗し壊れ果てた。

ならば、そこに一つの可能性がある。

即ち、英雄は、英雄の座にあっても「その英雄としての定義を外れない」ある一定の変化はする、と言う可能性だ。

この物語はその仮説の上に成り立つ物語。

その英雄が、その英雄である範囲で変化をする。

征服王が再び呼び出されるならば、その戦列にはちっぽけな少年が混じるだろう。

裏切りの騎士が呼び出されるならば、二度と狂戦士の座に惹かれることは無いだろう。

この仮説はそう言う話。

では、この仮説を正義の味方に適用するとどうなるだろうか。

彼は、無限とも言える戦いの果て、その内に無限の武具を収めていく。

無限の剣製と言う名の異端をその身に宿すが故に、無限の時の果て、彼という英霊の存在規模は果てしなく膨れあがっていく。

神代ならば、神代の神具を。

現代ならば、現代の技術の粋を。

呼ばれる時代に応じ、無限の闘争の果てに、人の戦いの全て、即ち、霊長の闘争の歴史をその身に蓄積していく。

無論、それは霊長に留まらない。

現に、彼はその身に「星」を既に収めているのだ。

星の力を宿した武具、即ちガイアの欠片さえも例外はない。

ましてや、接触の機会は文字通りの無限。

かの骸たちの様に、無限は僅かの可能性さえあれば、その事象を確実に発現させる。

無限の平行世界、無限の時の果て、彼は無限の戦場を駆け巡り、その度に存在規模を無限に増大させていく。

彼は霊長の守護者にして、星の力すらその身に内包し無限に膨れ上がる異端。

その結果どうなるか。

いつしか、「世界」の許容量さえも超えることになるだろう。

世界すら凌駕する存在規模に至った英霊。

それは紛れもなく「世界」にとっての驚異である。

それはガイアにとっても、アラヤにとっても同じ。

だと言うのに、その英霊は世界に召し上げられた、守護者と言う不変の存在なのだ。

そして、世界の力は、あくまでも受け身でしか発現することは出来ない。

つまり、直接的な力の行使でこの英雄を自らの領域から排斥する事は叶わないのだ。

ならば、世界はどう言う行動に出るのか。

話は簡単である。

「この守護者自らの手で、この守護者の存在を消滅させる」

無論、無限の平行世界が存在する以上、ただこの英雄が英雄に至らない様な手を打った所で意味はない。

新たな分岐を増やすだけの徒労に終わる。

この英雄自身の手でこの英雄を殺させた所で同様に意味は無い。

何故なら、その英雄は、自身には決して勝つ事は出来ないからだ。

ならば、

「文字通りの意味で、この英雄「自身」に、別の道を選択させる」

それ以外に有り得ない。

英雄に至ろうとも構わない。

人類の守護者、即ち抑止力としての使いっ走りの領域にさえ至らなければ良いのだ。

この英雄をこの英雄たらしめる時点とは、即ち……。


――そして、物語は紡がれる。


「……は?」

気がつくと、そこは地獄だった。

昏い炎が全てを飲み込み、舐め尽くす焦熱地獄。

彼はそのただ中に立っていた。

前後の脈絡から完全に切り離され、彼はただそこに立っていた。

まるで意味が分からない。

有り得ない。

ただ、不思議なことに何も分からないと言うのにその光景は見慣れていた。

状況を飲み込めぬまま彼は歩き出す。

記憶のままに。

いつか、遙か遠い遠い過去に、そうした様に。

炭化した家屋。

死に絶える人々。

焼けこげた骸。

その合間を縫う様に彼は歩く。

猛る炎は容赦なく彼の小さな体を蝕んでいく。

このままでは長くはないな、と他人事の様に考えながら、彼は求める。

必ずこの地獄にいるであろう、正義の味方を。

求め彷徨い歩く。

そして、記憶の通り雨が振り出した頃、彼は見つけた。

――見つけてしまった。

ぼやけた意識が急速に研ぎ澄まされる。

――あれは、■■■■。

すり減った記憶が彩を取り戻す。

――■は■■のために■れ■。

それが誰かも分からぬまま。

――今なら、■■■のオレなら、■を■■られる。

それが何をしたのかも思い出せぬまま。

――今なら、まだ間に合う。

確固たる確信を持って、■■を■■上げ、

――奴を、■■■■を■せ!!

■意をもって■■■を■ち出した。


………………………………………………………………。


目を開けた。

日差しが窓から差し込んでいる。

日の高さから考えて、いつもより寝過ごしてしまった様だ。

「久しぶりに見たな。あの夢か……」

上半身を起こして、こめかみを押さえながら頭を振る。

朝の寒気が興奮気味の頭を冷やしてくれる。

「参った。流石にもう遅いな」

気を落ち着かせて、耳を澄ますと、鳥の鳴き声に混じって、小気味良い軽快な包丁の音が聞こえてくる。

桜に先を越されてしまった様らしい。

只の寝坊であれば、今すぐにでも飛び起きて、手伝いに駆けつけるところなのだが、

「まだ、駄目だな」

あの夢を見たとあってはそうもいかない。

もうしばらく落ち着かなければ、人の前に出るのは流石に辛い。

ましてや桜のように親しい間柄なら要らぬ心配をかけてしまうだろう。


今の彼に残る最も古い記憶。

それがあの夢である。

家族やそれまでの世界、全てが失われた大火災の光景なのだが、彼にとって失ったという実感は余りに希薄だった。

病室で気がついた時、何故かずっと昔の出来事であるかの様に、淡泊に感情を処理している自分がいた。

あの激情が何だったのか、何故自分にあんなことができたのか、心を支配していたのは、喪失ではなくその疑問だけだった。

あの瞬間、全てを理解して行動を起こしたハズだったが、今では全てが夢であったかの様にまるで思い出せない。

だが、事実だけは残る。

そう。

あの日、確かに彼は人を殺した。

もしあの時、あの笑顔に救われていなければ、今頃彼は壊れていたかも知れない。


「ああ、駄目だ。余計に滅入ってきた」

普段はそこまで気にしないのだが、どうも今日はいつも以上に気を取られてしまっている。

こうなりゃ仕方ないとばかりに、両手で頬をひっぱたき無理矢理喝を入れ、その痛みが引かないうちに、布団から飛び起き、洗面所へ行き顔を洗う。

目の前の鏡に映る顔は冷水に引き締められ、どうにかいつも通り。

これなら、気取られることもないだろう。

俺個人の感傷で、折角の朝を台無しにしてはもったいない。

そうして、制服に着替え、すでに支度が進んで居るであろう台所へと向かった。

「おはよう、桜」

「あ、おはようございます、先輩。今日はお寝坊さんでしたね」

制服にエプロンを着て、お玉を持った桜が笑いかけてくる。

いつもと変わらぬ風景、と言いたいところだが、残念ながらそうでもない。

「ああ、面目ない。殆どやらせちまったみたいで」

「いいんですよ、先輩。たまには先輩に楽して貰わないと」

そう。

いつもなら朝食の当番は彼。彼が朝食の準備をしているところに桜がやってきて彼を手伝う、のがお決まりの朝の風景なのだが、たまにはこういう日もある。

「とは言ってもな。何か手伝うか?」

もう無理にでも手伝わなければ家主の沽券に関わる。

「いいえ。殆ど終わってますから。……んー、なら、お茶碗の準備をお願いして良いですか?」

予想通り。

今朝の献立は恐らく、鮭の塩焼きに卵焼き、ほうれん草のおひたし、浅漬け、そしてジャガイモとタマネギにワカメの味噌汁。

臭いと状況から判断してあとは、味噌を溶き入れれば仕上がりを待つだけと言った所か。

当然、調理に関しては手伝うことなど何もないのだが、どうやら此方の意志が伝わったらしく、半ば無理矢理気味に手伝うべき案件をひっぱりだしてくれた。

「だろうな。分かった。こっちは任せてくれ」

そう言って、食器棚から四人分の茶碗を取り出そうとしたとき、

「おっはよー!」

我らが姉貴分のハイテンションな雄叫びが木霊した。

「おはよ、藤ねぇ」

「おはようございます、藤村先生」

「うん、おはよー、2人とも。うん?今日は士郎、お寝坊さん?」

いつもと同じ朗らかな笑顔で居間に突入してきた虎はいきなり痛いところを突いてくる。

「ああ、ちょっと、な」

「……どっち?」

流石に付き合いが長いだけはある。

桜はごまかせても虎は騙せなかったらしい。

「嫌な方」

「そっか」

簡潔に応えると、姉貴分も軽く流し、何事もなかったかの様にテーブルに載った新聞を広げ始めた。

十年来の付き合いだ、流石にお互い慣れた物である。

こちらとしても余計に詮索してこない心遣いは有り難いし、理解者がすぐそばにいてくれるのはとても助かる。

色々な意味で、ぶっ壊れかけていた彼がどうにか人並みに育ってこれたのはこの姉貴分のおかげも多分にある。

もちろん、桜とも付き合いは長いし、家族同然ではあるが、やはり藤ねぇは、また別格だと彼は個人的には思っている。

「士郎ー、お茶っ葉切れてるー。とってきてー」

こんな姉ではあるが。

「ああ、分かったよ。でも、直ぐに飯だからその後で……」

そう言い終える寸前に、ガラリと玄関の戸が開く音がして、

「おはよー」

ようやく最後の一人がやってきた。

ぱたぱたと軽い足音が響き、

「おっはよー」

居間にやってきてもう一度。

穂群原の制服に、いつもの赤いコート。

そこに立っているのは紛うことなく、

「おはよう、凜」

「おっはよー、凜ちゃん」

「おはよう、姉さん」

あかいあくまにして、「遠坂」桜の姉、遠坂凜その人だった。



ここに物語の幕は上がる。

英雄は少年に至りて、少年は三度目の聖杯戦争に挑む。

そう、贖罪の物語はここに始まる。




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