それは不幸な偶然だったのか、あるいは必然だったのか。

それは運命の悪戯だったのか、あるいはそれが運命だったのか。

それは、本来の流れでは有り得ぬ邂逅。

この狂った物語に相応しき、想定外の遭遇。

今、その狂いの元凶たる少年は、あの青い槍兵と出会う。



■話「『サイカイ』の舞台」



「よう。どんな手品だい、そりゃ?」

予期せぬ目撃者の声。

その声に士郎は手を止め、振り返る。

そこに立っていたのは青い鎧の長身の男。

精悍な顔立ちに、うっすらと笑みを浮かべ、彼を見据えている。

その存在規模、力量、潜在魔力、彼我の戦力差を見極めるべく、真っ先に思考を切り替えた。

「お?驚いたな。ボウズも戦士かい」

一目で彼の思考を読み取り、男はそう言葉を続ける。

どこか、飄々とした様子で泰然自若としている。

その様を見ながら、士郎は結論づけた。

お話にもならない。

レベルが違いすぎる、と。

例えるならば、戦車と歩兵の戦力差と言ったところか。

もちろん一対一でのだ。

「まぁな。あんたは?」

絶望的な状況で士郎は言葉を続ける。

幸い敵意は薄い。

会話を続け、情報と突破口を見出すことに思考は完全にシフトしていた。

「うん?お前、マスターじゃ無いのか?」

正体を問う士郎の言葉に、男が疑問を浮かべる。

その口から漏れた言葉は、つい半日前、聞いたばかりの言葉だった。

「マスター?もしかして、あんたが英霊ってヤツか?」

興味を無くされぬ様に、興味を持たれすぎぬ様に、言葉を選び、僅かずつ情報を出していく。

手駒は少ない。

だが、最悪時間さえ稼げればどうとでもなる。

「何だ、知ってんじゃねぇか。マスターじゃないが魔術師ではあるみたいだな」

そこで、言葉を切り、

「そんじゃ、さっきのナイフはなんなのか教えてくれよ。かなり上等な一品みたいだが、どっから出した?」

此方に興味津々の様子で問いかけてくる。

「見物料くれるのかい?」

その調子に合わせ、士郎も軽口で返すが、内心穏やかではない。

サーヴァント一個を如何に凌ぎきるか、ただソレだけを検討するが、限りなく不利であることはどう考えても明らかだ。

「いやいや、生憎だが、持ち合わせがねぇもンでなぁ。オレの技でも見ていくかい?」

「殺すって、意味か?」

「む。成る程。確かに殺す以外の見せ方は知らねぇな」

あっさりとそんな台詞を言い放つ男を見据え、士郎は言葉を紡ぐ。

「おいおい、あんたなぁ……。それじゃ、俺も見せられないな」

「つれないこと言うなって。いくら秘匿しなきゃいけないったって……命よりゃ安いだろ?」

殺気。

場が張り詰める。

だが、ソレを意に介した風も無く、士郎は更に言葉を続ける。

「だから、ソレはあんた次第だよ、ランサー」


さて、先ほど彼は彼我の戦力差を、戦車と歩兵と算定した。

確かにそれは絶望的な戦力差。

だが、それは同時にある事実を内包している。

そう、彼は戦闘機ではなく戦車と判断した。

戦闘機を歩兵が撃墜するのは不可能と言って良い。

だが、戦車ならば、戦車であるならば、


「俺もソレしか見せ方を知らないんでな!」

しかるべき兵装と戦略で、歩兵単騎でも撃破可能なのだ。

「!!」

会話の最中に仕込んでいた宝具の群れ。

虚を突いて放ったはずの必殺のソレは、赤枝の槍に悉くはじき飛ばされる。

「やるじゃねぇか。だが飛び道具じゃ俺にはとどかねぇぞ?」

そんなことは「識っている」。

もとより狙いは次手。

「『ブロークン・ファンタズム』!」

弾かれた宝具が閃光と共に崩壊し、爆炎がランサーを飲み込む。

その効果の程を確認する前に、いや、確認など必要ない。

あの程度の規模の破壊で潰せるほど、サーヴァントは甘くない。

宝具の爆発と共に、屋上の縁へと駆け寄り、一気にフェンスを跳び越える。

「トレース・オン」

魔術の三重起動。

肉体強化。

弓、矢の投影。

思考速度の加速。

呼び出した黒の長弓に捻れた剣を番え、強化した肉体で着地の衝撃を受けきり、ダメージをものともせず、弓を天へと構える。

その先には、空に踊る青き影。

「ぶちぬけぇ!」

魔力を乗せた、力強き言霊。

放たれる矢は、真っ直ぐに標的の心臓へと迫る。

「な!?」

その驚愕は、二重の意味を持った驚愕。

士郎の予想外の練度、力量への感嘆ともう一つ。

自身に迫る矢。

その正体を看破したが故の驚愕。

装いは明らかに変わっている。

剣の役目は最早果たせぬほどに無惨に捻れた刀身。

だが、ソレは、その矢は、その名は、

「カラドボルグだと!?」

そう。

それは、かの英霊の友、フェルグスの剣。

有り得ぬはずの邂逅、その驚愕が一瞬反応を遅らせた。

躱し切れたはずのその一撃をランサーは槍で弾かざるを得なかった。

そして、

「もういっちょっ!」

再びの宝具の崩壊により巻き起こる爆炎に飲まれ、体勢を崩す。

如何に英霊と言えど、足場無き中空で自由が効くはずもない。

―――投影、開始

その隙に次弾を装填。

撃鉄を跳ね上げる。

「っち!やるじゃねぇか!」

―――投影、装填

姿勢を制御し、やや離れた位置に着地しようとするランサー。

その直下に強化した脚力で一気に詰め寄り、

―――全工程投影完了

超重の石剣を右手に投影。

身の丈に及ぶほどのソレを、肩口に持ち上げ、両手で構える。

極限の肉体強化と記憶の再生をもって、今ここに神話を再現する。

―――是、射殺す百頭

「ナインライブズ・ブレイドワークスっ!」

「っ!?」

それは、かのギリシャ最大の英霊の秘剣。

圧倒的な質量による超高速の九連斬。

如何にサーヴァントと人間の身体能力に歴然たる差があろうとも、その質量と速度から生み出される圧倒的な威力を受けきれる道理は無く、槍兵は大きく後方に吹き飛んでいく。

(――っぐ!)

体が軋む。

本来であれば、彼が振るうことも叶わぬ斬撃を強引に再現したのだ。

無事で済むことなど期待できるはずもない。

だが、ソレに意識を裂く余裕など、サーヴァントたるあの槍兵が許すはずがないことも識っている。

開いた間合いに、そのまま石剣を投擲。

同時に次の投影を開始する。

「無茶苦茶な魔術師だ!」

流石に同じ手は通用しないらしく、大きく左に避ける槍兵。

その回避もとうに予想済みだ。

右に獲物を持ち、かつ回避した石剣が次にどうなるか分からない以上、先の一撃で間合いが空いた状態なら、左に避けるしかない。

そこに合わせてもう一段。

四対、都合八本の剣を投擲。

受けるしかないタイミング、更に言えば、敢えて受けさせるために、その剣自体は大した魔術的威力を持たない物を選んだ。

「はっ。その程度、おおっ!?」

全ては、その槍兵に隙を生み出すため。

投げつけたのは、教会の執行者が使用する黒鍵。

射出では再現しきれないその技術故にわざわざ投擲したのだ。

流石に鉄甲作用による衝撃は想定外だったのだろう。

派手に砂埃を上げながら転がっていくランサーを視界に納めながら、更に次の手を繰り出す。

「イッライラさせやがんなぁ!楽しいぜ、この野ろ……お?」

体勢を立て直した所で、ランサーは士郎の異変に気付く。

当然今の隙に、立て直す間も与えず、追撃がくると踏んで構えていたのだが、突っ立ているだけで動きがない。

ただ、自身と魔術師との間に、境界であるかの様に幾本もの剣が突き立っていた。

「何のつもりだ?」

「いやなに。あんたが予想外に強かったんでな。プランBに変更だ。」

そう言ってニッと笑う士郎を見て、ランサーはその意図を読めず、怪訝な表情を浮かべた。

「あ?」

「じゃあな、二度と会いたくねぇよ!」

その叫びと共に、士郎は一気にきびすを返す。

「ああ!待ちやがれ!」

気付いた様だが、時既に遅し。

閃光。

宝具が砕け、衝撃波と共に舞い上がる砂埃が視界を閉ざす。

相手が並の魔術師であるならば、ランサーも即追っただろう。

だが、これまでの攻防から判断し迂闊には動けなかった。

先の巨大な剣による連撃、カラドボルグらしき矢、宝具の射出、炸裂、その悉くがサーヴァントの命に届きうる攻撃であったという事実が、彼に安全策をとらせたのだ。

もちろん、そこにあの令呪が関与しているという側面もあったのだが。

「っち。逃がしたか」

砂埃が収まった頃、後に残るは大穴の空いたグラウンドだけだったが、彼は決して不満に思ってはいなかった。

それどころか、どこか嬉しそうに、その技量、判断力に大いに敬意を表し、

「名前、聞くべきだったな。ありゃ、良い戦士になる」

等と、率直にその感想を述べ、

「なあ、そう思うだろ、あんたも?」

背後に現れた、新たなるサーヴァントにそう問うた。

「何の話だ?今来たばかりだぞ」

ランサーは振り返る。

そこに立っていたのは赤い二人組。

長身の男と、まだ年若い女。

自身よりやや背が高く、鍛え上げられた肉体。鋼の如きそれと揺るがぬたたずまい。

極上の相手だと即座に判断する。

「そうかい。まあ、それは置いといて。お預け喰らったんでなぁ、付き合ってくれよ」

不敵にそう言って、槍を突きつける。

「……」

無言で少女を庇う様に立つサーヴァント。

その意志を汲んでか、マスターたる少女が命令を下す。

「手出しはしないわ。あんたの力、ここで見せなさい」

「了解した」

そのサーヴァントは軽い笑みと共に、手に二振りの剣を呼び出した。

白と黒の夫婦剣。

それをダラリと下げた構えで臨戦態勢に入る。

それを見て、構えをとるランサー。

たわめた膝に力を溜め、間合いを計る。

そして白の剣と赤の槍との激突をもって、第二幕が開演した。



「おお。すっげ」

校舎の窓から頭を覗かせ、士郎はぽつりと呟いた。

先の砂埃に紛れて、逃げおおせたと思わせておいて、彼は校舎に逃げ込んでいた。

ランサーが上手いこと騙されてくれた所までは良かったのだが、まさかこのタイミングで新たなサーヴァントが来るのは予想外だったと言わざるを得ない。

結果内の異変を察知してやってくるのは時間の問題だとは思っていたが、ここまでタイミング良く来るのならば、素直に逃げていた方が良かっただろう。

新たに現れたのは赤い二人組。

その一人は士郎にとって良く見覚えのある人物だった。

「凜……か。だとすると桜もか。参ったね、どうも」

あかいあくまが赤い戦士を呼んだらしい。

それはつまり、凜、そして恐らく桜もマスターであると言うこと。

だが、彼にとって彼女がマスターであることは想定内であり、今朝方、慎二に聖杯戦争の話を聞かされた時点で覚悟は出来ていた。

もとより、聖杯など興味はないので、折を見て共闘でも申し込むか、あるいは隠れて暗躍し続ければ問題ないだろうと踏んでいた。

が、問題はマスターが凜であることではなく、そのサーヴァント。

手に持つ剣は良く知る白と黒の夫婦剣。

振るう剣技は、スペックの違いこそあれ、どう見ても士郎のスタイルとほぼ同じ。

「アイツ……何だ?俺は何を識ってる?何が……!っち。頭が痛むな」

そう言えば、ランサーとの戦闘の際も、特に意識していなかったが、知らぬはずの知識を識っていた。

サーヴァントの戦闘能力、そのタフさ、加えてかの英霊の真名をあの槍を見るまでもなく看破していた。

(聖杯戦争。やはり、以前の俺に関わりがあるのか……)

そう結論づけて士郎は惑う。

即ち、このまま聖杯戦争に関わり続けるか、否か、である。

この聖杯戦争に関わることは、恐らく衛宮士郎という存在にとって大いなる意味を持つはずだ。

衛宮士郎が衛宮士郎たるために必要な要素だという確信がある。

だが、同時に、このまま聖杯戦争に挑むことが、その失われた記憶が呼び覚まされることが、何か致命的なモノを呼び覚ますという予感がある。


――■■が、私の■■■■か?

――オレは■■の■■だ。■、お前を■■。

――■■、私を■して■さい。

――すま■い、オレは■■を■■なかった。

――何で?何で■を■るんですか、■■?


反芻する識らないはずの誰かの声。

何時の、誰の声かも判別できないそれが士郎の脳裏に木霊する。

「……でも、俺は、正義の味方なんだ」

それを振り払う様に一人呟く。

かすれた記憶。

摩耗した記憶。

だが、それでも、一つだけハッキリと覚えている言葉がある。

その言葉の重さは分からない。

だが、実感できる。

その言葉はきっと、


――うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ。


それと同じくらい衛宮士郎にとって核心にあるモノなのだと。

それにすがり士郎は再び立ち上がる。

とにかく、状況を見て早々に帰宅すべきだろう。

不吉な予感はなお拭い去れず、月を覆う分厚い雲が尚いっそう不安を濃い物にしていた。



「で、何でアンタがいるかね?」

「そう露骨に嫌な顔すんなって。ますますやる気が失せるじゃねぇか」

げんなりとした様子で人の家の庭に突っ立てる男が答える。

「一応、事情ぐらいは聞かせてくれるんだよな、ランサー?」

そう。

先刻の青いサーヴァントが、どういう理屈か自宅の門を開けたその先に立っていたのだった。

「ああ、まあ、道理ぐらいは通してやるよ。」

そう言って、つくづくやる気が無さそうな様子で、語り始める。

「まぁ、なんつーか、使われる身の悲哀っつーか、雇われる身の弱さっつーか。ともかく、今のマスターがど腐れ外道の糞野郎でな。有無を言わさず目撃者は消せってよ」

「かーっ、これだから、魔術師ってヤツは……」

「全くだな……」

奇妙なシンパシー。

一瞬の弛緩した空気。

だが、それも次の刹那に凍結する。

「さて、抵抗しなきゃ楽に殺してやるぜ?」

殺気。

今、神話に謳われる最強の槍兵が士郎に牙を剥く。

絶望的な戦力差。

先の攻防ですら全力の半分にも至らないだろうことはとうに理解している。

アレだけの攻撃をもってして、ただの一撃すらその身に届きはしなかった。

既に手の内は割れ、魔力も消耗し、肉体も万全ではない。

彼に残された手はただ一つ。

だが、その切り札も切ることができないのでは意味がない。

「……冗談」

だが、それでも、彼は足掻く。

その命は決して自身のモノだけではない。

多くの罪を背負い、理想を背負い、誓いを背負う。

故に、彼に諦めるという選択肢は取れない。

それが「衛宮士郎」なのだから。

「だよな。それでこそだ。……じゃ、精々楽しませてくれや」

赤い槍を槍兵が構える。

それに応じ、陰陽の短刀を投影する。

思考は既に生き延びるための道筋を懸命に探り続けている。

だが、一筋の光明すら見つけられない。

逃げ切ることは不可能。

打倒することも不可能。

故に生き延びることは不可能。

そんな単純な帰結を導くだけの∞の道筋。

どれ程の思考を重ねても届かぬ、打ち崩せぬ絶壁。

無為に積み重なっていく死の結末とは対照的に、一撃ごとに二刀は損傷し、数合ごとに塵に還っていく。

赤の槍に刻一刻と削られゆく肉体からは血が流れ、死の気配はより濃密に、より苛烈に彼を蝕んでいく。

どれ程耐えようと決してゴールの無い極限の綱渡り。

誰もが絶望する状況にありながら、彼は尚諦めてはいなかった。

全てを理詰めで突き詰める彼であれば希望など無いことなど、ここが終わりであることなど理解しているはずなのだ。

(何故だ?)

そう。

彼自身理解できていない。

何故、これほどまでに抗えるのかを。

(何故、折れない?)

諦められないことと、絶望しないことは同義ではない。

これほどの戦力差を見せつけられても、諦めないことは出来る。

ただ、戦うことにすがることは出来る。

希望無き、深き絶望の中にあっても人は諦めずにあがき続けることは出来る。

それは愚かな、だが、人が人であるが故の強さ。

だが、これは、今の自身の現状は明らかに違うのだ。

(何だ、この感覚は?何故、この状況で死なないと確信できる?)

確固たる希望がある。

自身が死なないという確信がある。

それは藁に縋るような思いではない。

絶望に抱く泡沫の夢想でも無い。

見えているのだ。

その結末が。

方程式から外れる不条理な真が。

赫々たる希望の光が。

(何故だ!!何故――)

「がっ!」

思考が寸断される。

脇腹に衝撃。

同時に、骨の砕ける音と内臓が発する激痛。

それを知覚する間もなく土蔵の壁へと叩き付けられる。

最早痛みの感覚すら通り越し、ただ朱に染まる視界だけで自身のダメージを把握した。

額が割れたらしい。

右の視界が塞がれた。

「詰みだな。ボウズ」

悠然と歩み寄るランサー。

壁に背を預け、脇腹を庇いながらどうにか立ち上がり、その姿を見据える。

「誇れ。お前はこの俺が、クー=フーリンが認めた戦士だ」

眼前の絶対なる死は、厳然たる声で、精悍な戦士の貌でそう告げた。

「ぐっ……、っ…そいつは、どう…も」

痛みに軋む血塗れの体に限界に近い魔術行使で悲鳴を上げる脳髄。

もはや戦える状態ではない。

「……その心臓、貰い受ける。」

それでも、体は反応した。

心臓をカバーするように干将で赤の穂先を滑らせ、同時に莫耶を放り炸裂させた。

「ちっ!」

その刹那の隙に、土蔵の扉を開け放ち、中に滑り込む。

例え、工房である土蔵の中であったとしても最早、切り札を展開することなど叶うはずもなかった。

だが、それでも体が動いた。

確信が、あったからだ。

「I am the born of my sword.」

スペルを紡ぐ。

叶わぬはずの魔術行使に縋る。

その矛盾など理解している。

だが、彼にはそれしか手がなかった。

否。

それ以外に自身が生き残るという結末に至れる手を知らなかった。

「今度こそ終わりだ!」

詠唱の完結を待たずして、突き出される深紅の穂先。

心臓へ寸分違わず、突き進むその赤き雷を見留め、その段階に至り、ようやく気付いた。


――なんて愚か。


そう、サーヴァントに人間が単騎で勝利すること、どころか挑むことすら無謀。

彼らは英霊なのだ。

人の上位に位置する存在なのだ。

勝てるはずがない。

次元が違う。


――なんて無様。


その無様さが腹立たしい。

それまでに、気付けないはずが無かったのだ。

気付く機会は幾らでもあった。

彼我の実力差を測ったとき、実際に戦ったとき、その戦闘を客観的に見たとき、そして庭で戦闘しているとき。


――なんて愚昧。


気づけたハズなのだ。

彼我の戦力差を考えれば、答えなど直ぐにでたはずなのだ。

その愚かさに言葉すらない。

何故だ。

何故なのだ。

何故俺は気付けなかった。

何故、そんなことに俺は気付けなかった!


――だが、まだ間に合う。


そう。

もとよりこの俺が、ただのちんけな魔術使いが、ただ『一人』で聖杯戦争に挑むことなど有り得ないのだ。

ならば答えはただ一つ。


――絶対に出来る。


その出会いを覚えている。

地獄に落ちようとも、なお鮮明に思い出せるだろうその出会いを俺は識っている。

その日々を覚えている。

幸福と後悔に彩られたその日々を俺は識っている。


――何故なら、この身は、


ならば、今こそ叫ぼう。

力の限り、その全てを乗せて、彼女の名を告げよう。


――彼女の■なのだから。


誰よりも、何よりも、愛しきその名を。

我が剣の名を。

そう、その名は、

「来い、セイバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


――光が満ちた。


赤の穂先は、不可視の剣に弾かれ、槍兵は庭へと追い出される。

そして、静寂。

雲間から差す月光に照らされた1人の小さな騎士の背。

知らないはずの識っている背中。

ランサーを追い払ってから、不自然に微動だにしないその背中に士郎は問いかける。

「……セイバー?」

「……っ」

問いかけた声に振り向いたその美貌。

「……貴方が、私のマスターか?」

それが、どこか悲しげに見えたのは気のせいだろうか。

「ああ。セイバー、話は後だ。ここはランサーを頼む!」

だが、ソレを気に懸ける程の余裕は今の士郎には存在などせず、

「……はい!」

その騎士も、戦闘の命を幸いと受け取り、駆け出した。


ここから先の闘争は語るまでもないだろう。


「ああ、そうだ。」

そうして、「いつも」の様に戦いは終わる。

そして、ランサーが何か思い出した様に呟き、首だけ回しこちらに目を向けた。

「ボウズ。名前は?」

「士郎だ。衛宮士郎。それが俺の名前だ」

真っ向からその視線を受け止め、毅然として告げた。

せめて、意地ぐらいは最後まで貫いてみせる。

「シロウ、か。このクー=フーリンとここまでやり合える人間がこんな腑抜けた時代に居るとは思わなかったぜ。改めて、誇れ。お前はこの俺が認めた戦士だ」

「……その賞賛、有り難く受け取っておくよ、クランの猛犬」

意地ぐらいは最後まで張り通してやる。

「おう。じゃあな」

その言葉と共に気持ちの良い笑みを此方に向け、槍兵は夜の闇に消える。

そして、それを見送ったセイバーは此方に向き直り、おずおずと話し出した。

「……。シロウ、私は……」

だが、

「……悪い……セイバー。話は、後だ……」

何故か急速に傷が癒えていたが、流石に限界だった。

狭まる視界に、目前に迫る地面を捉えつつ、

「な!?シロウ!シロウ!?」

彼女のうろたえる声を子守歌に、意識はブラックアウトした。


さぁ、此処に役者は揃った。

ここに英雄は再会し、この時をもって舞台は再開する。

誰を救い、誰が救われ、誰の救いとなるのか。

救済の物語は此処に動き出す。



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